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"Gloria" Diary/グローリア日記 1999

1999年12月11日に宇都宮で 「グローリアアンサンブル&クワイアー Vol.7」 という演奏会が実施されました。 (こちらに演奏会案内を掲載しています) 私はこの団体に毎年チェンバロで参加しているのですが、 今回の曲目はシューベルトのミサ。え? 「おい、チェンバロなんか出番あったのか?」ですって? 確かにそういう話もありましたが(笑)、 まあ、それは以下をお読みくださいな(^^;)

※擱筆するにあたり、日付順に並べ直しました。

------- テキストブラウザご利用の方へ、以下では楽譜を画像データとして記載している部分がありますが、全てダウンロードできるようにしてあります。ダウンロードしたデータを画像表示プログラムなどでご覧いただければ、内容を把握することができます。-------

1998年12月14日 来年の出番は?

「グローリアアンサンブル&クワイアー Vol.6」の本番が終了した。 演目はヴィヴァルディとモーツァルト。 いろいろ有ったけど、楽しい演奏会だった。 さて、 次回のグローリアの演目は何とシューベルト。 ちょっとも待てよ? この時代って、チェンバロあったっけ?

「無いな」
「じゃあ、俺の出番は?」
「合唱で出たら?」

冗談じゃねぇ。おれは天下一品の音痴。歌を歌のだけはごめんだ。 何とか通奏低音の生きる道はないものか・・・。


1998年12月26日 チェンバロ出演への道

地元の合奏団の忘年会。 この合奏団のメンバーにはグローリアのコンマスも何故か加わっている。 私からそのコンマスに対して、

「来年のグローリア、私、どうしましょうかねぇ?」
「そうだなぁ、君がおらんと宴会も面白くないし」(おいおい、 おれは宴会要員か^^;)
「しかし、合唱で混ざるわけにも行きませんし、 かといって、 シューベルトにチェンバロってのも・・・」

そうこう話す内に、

「よし、チェンバロ、混ぜよう!まわりはなんて言うか知らないけど、 俺が許す」

かくしてコンマスの独断の助けもあって、 私は次回のグローリアにもチェンバロ参加への道が開けたのであった。 これは同時に、 「シューベルトにチェンバロを混ぜる」という、 様式もへったくれもない前代未聞の試みのスタートも 意味していた(爆)。


1999年1月15日 CDをゲット!

しかし。聞かないのだ。あくまで私のCD入手の目的は、 演奏会へ向けての曲の把握にある。 こういうときの私は大抵、 楽譜をゲットするまではCDの封を切らないのだ(^^;)。 楽譜は、 今日、 通信販売に申し込んだばかり。


1999年1月17日

宇都宮でミニコンサート。 このとき、 グローリアの指揮者をされている先生と、コンマスに出会う。 シューベルトにチェンバロを混ぜるというめちゃくちゃな案は、 ここで指揮者の先生のお許しも頂戴した。


1999年1月19日 スコアがやって来た

念願の「スコア(管弦楽総譜)」をゲットした! 年末年始の帰省のときに、 東京、 名古屋の楽譜屋を探しても調達できなかったのだ。 外国から直輸入も考えたが、航空便でも1ヶ月、 船便だと3ヶ月もかかってしまう。 こちらは一刻も早く手に入れたかったのである。 日本国内のあちこちの楽譜屋に問い合わせ、 大阪の楽譜屋に在庫があることが判明し、 即座に郵送をお願い。これが先日15日のことだった。 それが遂に郵送されてきたのである。

これでようやくCDの封を切る。スコアを開いて、 CDを聞きながらまずは流して聞いてみる。 ううむ、バシバシに「ロマン派ロマン派」した曲ではないか。 チェンバロを混ぜ込む余地はあるのだろうか・・・?


1999年2月7日 「グローリア」「クレド」に入れ込む(^.^;)

2月はじめ。日本全国で猛威を振るっていた 「インフルエンザ」 に感染してしまった。 仕事を休んで4日間布団の中。 寝床の傍らのCDプレーヤーでシューベルトのミサを一日中聴き倒す。

さて、 (解説モード^^;)一般にクラシックの世界では「ミサ」という曲は大きく

の6部分に分かれる。 シューベルトのこの曲も例外ではなく、 それぞれに1曲ずつ曲がつけられているのだ。

そんな中で私は「クレド」に惚れた。 適切な速度感覚、 綺麗な旋律と和音。 最後についたフーガがまた美しい和音の連続なのである。 ううむ、どうやらこれが最初に覚わりそうだな・・・ 「グローリア」もかっこいいぞ。 こちらは、ア・カペラコーラスに始まり、 飛翔するような弦楽器の分散和音がこれに応答する。

['Gloria'の開始部分(Start-of-gloria.gif 2.69KB)]

終曲"Cum Sancto Spiritu..."はフーガだ。 わがページの"Free MIDI Libraries"の私の自作曲を見てもらえば分かるように、私は実は「フーガ・ファン」(笑)。 当然このフーガも簡単に見過ごすことはできない(^^;)。 このフーガ、結構大規模だし、手が込んでいるんです。 ストレット(1つの声部が主題を奏し終わらないうちに、 他の声部が主題を導入する)もあるし、 固定した対旋律が少なくとも2つ有ります。 半音階的な動きが多いのも特徴かな? はっきり言って、 シューベルトがここまで魅力的なフーガを作る人だとは知らなんだ(^^;)

Cum Sancto Spirituの開始部分(Start-of-cum-sancto.gif 5.42KB)

このフーガ、周辺の部分に比べて「古めかしい」感じがしたのだが、 そう思われる理由はすぐに分かった。以下の楽譜を見てもらいたい。

['Cum Sancto'フーガ主題とその「先祖」たち(Tradition-of-The-theme.gif 4.8KB)]

上から、フィッシャーの「アリアドネ・ムジカ」、 バッハの「平均律」、 モーツァルトの「交響曲41番終楽章」、 そしてシューベルトの「ミサ第6番」に出てくるフーガ主題だ。 (モーツァルトの例はフーガそのものではないが、 この主題はすぐ後にフーガ的に展開される) 作曲者も時代も異なっているのに、どれも同じ旋律(^^)。 "Cum Sancto..."のフーガの主題は大変古い伝統を持つ旋律なのだ。 したがって、 このフーガが「古めかしく」聞こえるのは当然という気がする。

そうはいっても、 ところどころで用いられる響きはロマン派的なモノだ。 バロック以来の伝統とロマン派の雰囲気の融合。 これはなかなかシビれます、カッコイイっス。 早くやりたいっス(^^;)


1999年2月14日 今日は合唱部のキックオフ、一方私は・・・

「グローリアアンサンブル&クワイアー」は、 合唱とオーケストラの組み合わせの団体だ。 両者合同の練習は毎年6月頃から始まるのだが、 それに先んじて合唱のキックオフは 大体 毎年2月中旬の説明会ということになっているらしい。 今年は今日がその説明会の日だそうで、 うっちいさん等がその準備をしているそうだ。 私はオーケストラ側の人間で、 直接この説明会に関係があるわけではないが、 気になるのである。 グローリアの合唱は毎年かなり水準が高く、 近年はオーケストラ側も結構「たじたじ」なのだ。

で、今日の私は何をしているのかというと、 実は自分のパート譜を作っている。 なにしろ「シューベルトのミサのチェンバロパートの譜」 なんてものが存在するはずがないから、 自分で作るしか手がないわけだ。 まだ出だしの1曲分すら完成していない・・・(^^;)。


1999年4月17日 2曲目 「グローリア(Gloria:栄光の賛歌)」 パート譜を一応完成 ・・・やっと・・・

2か月振りの日記更新である。 4月の頭にはオーケストラのキックオフ合宿があったが、 私は参加できなかった。ちょうどこの時期大規模な学会があり、 出張のために参加を断念したのだ。 この合宿は「グローリアアンサンブル」で取り上げる曲の譜読み以外にも、 いろいろと面白い一発合わせの曲を取り上げたりする (確か、初見で、 バッハの「フーガの技法」を全曲通すという無謀なことを行ったこともあった^^;) ので、できれば参加したかったのだが・・・残念だし、 今後の練習のことを考えるといろんな意味で結構痛手、 「出遅れた」かも・・・(^^;)。

とにかく年度末から4月は大変慌ただしかった。 海外出張1回を含め、出張が合計6回。 年度以内に完成させなければならない図面が多数。 年度があけたらあけたで、 新年度の業務スケジュールの立案、 企画、 とにかく慌ただしい。 このウェブページも更新しなきゃいけないし(おい)

そんなこんなで、パート譜の作成が全然進んでいない! 本日やっと2曲目の「グローリア」のパート譜をこしらえたばかりだ。 しかし先は長い、 長すぎる。 これからまだ、 「クレド(Credo:信仰宣言)」 「サンクトゥス(Sanctus:感謝の賛歌)」 「ベネディクトス(Benedictus:ほむべきかな)」 「アニュス・デイ(Agnus Dei:神の子羊)」 のパート譜をこしらえなければならない。 今のままではマジに間に合わないぞ。 こんな調子ではパート譜の完成は来年の春ぐらいになってしまいそうだ(爆) 誰か助けて・・・(+_+;)


1999年4月27日 変なイメージトレーニング(^^;)

我がページの「通奏低音とは」を読んでいただければ分かるとおり、 通奏低音というのは元来低音パートの譜面だけを見て アドリブで右手を付けていくモノである。 これまで私が作ってきた「パート譜」も実は、 わずかな数小節を除いて、 ほとんど左手しか書いていない楽譜だ。 この楽譜を用いて、 以下の変なトレーニングを開始した。 これは単なるトレーニングではなく、 パート譜の校正も含む作業なのである。

そうこうしている内に妙なことに気がついた。 これまで手を掛けてきた曲に比べて、 2.3.の作業がやたらと多いのである。 ヴィヴァルディあたりのバロックだと実は上の2.3.の作業の量が それほど多くならない。 ところが今回は 半分以上の小節に右手を充填しなければ満足に弾けないような感じなのだ。 ううむ、やはりロマン派の曲であったか・・・ と唸ることしきり。 どうやら「クレド」以降の低音譜作成と、 「キリエ」 「グローリア」の右手充当とを 平行して進めなければならないようだ。


1999年5月23日 Contingency Plan(非常対策案)発動!

なにやら変なタイトルだ。 はっきりいって自慢げに書くことではない(^^;)。

さて、 いよいよ5月30日、 オーケストラと合唱との「第1回合わせ練習」 が行われる日が間近に迫ってきた。 ところが私のパート譜作成は遅々として進まぬ。 とにかく、 5月30日のパート譜の完成はあきらめなければならない状況だ。 最悪である。 什麼~!どーしよう・・・

・・・悩んだ挙句、代替案を検討することにした。 考えられる案は以下の2つである。

1.はあまりナンセンスなので2.の方向で (これも十分ナンセンスだが^^;) 非常対策案(Contingency Plan)を発動することにした。 実は「ヴォーカルスコアを参照」する手を思いついたのだ。 ヴォーカルスコアなら何とか初見で和音がつかめるし、 譜めくりもそれほど煩わしくない。 通奏低音を実施する際の参考資料としては有益なもので、 これまでもいろいろな曲で利用してきていたのだ。

で、問題はこの時期にヴォーカルスコアをどう入手するか。 そこで困ったときの神頼み。 合唱側の技術的総元締めでもあり、 インターネットでもお世話になっている、 あの、 うっちいさんにすがることにした。 いつも掲示板で「今年はオーケストラも合唱には負けませんぜ!」 などと書いているくせに、 この「ていたらく」である、 が、 背に腹はかえられない。 メールで相談したところ、 ヴォーカルスコアを貸していただくことを快諾していただけた。 一安心。とりあえず当座をしのぐことはできそうだ。

ただしチェンバロは基本的にはチェロバスをなぞる楽器であるため、 ヴォーカルスコアからチェロバスのパートを抽出する作業が必要になる。 そのためには、 すでに持っている管弦楽総譜(スコア)を穴のあくほど見て、 CDを穴のあくほど聴いて(もともとCDには真中に穴があいているという突っ込みは却下)、 チェロバスの出場を把握しておくことが必要だ。 というわけでわが車にここ最近流れていたビル ・ エヴァンスの音楽は シューベルトのミサの音楽に交換させられたのである。 これからはしばらく、 出退勤時間、 シューベルトの聞き倒しだ!(笑)


1999年5月30日 第1回合わせ練習開催!

ついに第1回合わせ練習の日がやってきた。 練習は夕方からなのだが、 朝から落ちつかず、 午後4時前に自宅を出て練習会場に向かう。 練習会場までは片道1時間かかる。 確か練習は午後5時からだったはず、 とやや焦りながらも会場に午後5時に到着。 ところが、 様子が変だ。 誰も居ない。 「ほんとにここで練習あるのかな?」と予定表を見直してはっと気がつく、 練習開始は6時からじゃないか(爆)開始時刻を1時間間違えていたのだ。 われながら阿呆なこっちゃと思ったが、 ちょうどいい、 ここで今のうちにチェンバロの調整をしてしまおう、と思い、 チェンバロを練習会場まで引きずり込むことにした。

ところが私以外に人が居ない。 仕方が無いので35kgもあるチェンバロを、 ばか力で無理やりえっちらおっちらと練習会場に運び込む。 「ああ、これで明日は腕が筋肉痛だな」と思ったが、 何とか運び込んだ。 (案の定、翌日は腕の筋肉がパンパンに張っていました。 そればかりではなくなんと背筋も・・・+_+;)

一人で練習会場の傍らでチェンバロを調整していると、 5時半過ぎから人がぼちぼち集まり出す。 ほとんどの人が昨年の本番以来約5か月年ぶりの再開。 思わずうれしくなってしまい、 だれかれ構わず 「ちわっす! ごぶさたです。 また今年もお騒がせ致しますがよろしくお願いします」 と挨拶を投げる。 そんな中に混じってうっちいさんも登場。 今回結局「チェンバロパート譜」は間に合わず、 うっちいさんにヴォーカルスコアを頼んでおいたのだ。 で、うっちいさん、私が声をかけるまでもなく、 「あ、コンティヌオさんのヴォーカルスコア、 もうちょっとしたら担当の人が来ますから」と、 すべてを察した有りがたいお言葉。 やや遅れてヴォーカルスコアが手許に。 ざっとチェックしてみる。 「よし、これなら何とか行けそうだ」との感触をつかんだ。 和音はおよそCDと管弦楽総譜でチェック済みなので、 初めて手許に置いたヴォーカルスコアを「読む」のに障害は無い。

練習が始まるまでの時間はヒマなので、 つくりかけの「チェンバロパート譜」 をパソコンで打ち込んでいると、 指揮者のK先生が珍しそうに覗きこまれたりもする。

6時からはまず合唱のみの練習だ。 オーケストラの人間は7時まで待機。 練習室の扉の外でいろんな話に花が咲く。

で、いよいよ7時。ついに待ちに待った第1回合わせ練習開始だ。 初めての「合わせ」ということで オーケストラ側と合唱側の代表者が簡単な挨拶もあり、 雰囲気が盛り上がる。 オーケストラも気合が入っており、 ほとんどすべてのパートが勢ぞろいしている。 私のチェンバロはチェロバスと同じような位置に設定した。 目の前はチェロのトップ(主席奏者)のBさんの背中。 管弦楽の通奏低音はこのポジションが最も弾きやすく思われる。 ところでトップのBさん、 この人はチェロがめちゃくちゃうまいのだが若干助平の気があり(笑) 今回もチェロパートで最も若い女性を 勝手にトップサイドに座らせている。

K先生の挨拶の後、 いよいよタクトの最初の1拍が振られた。 そもそも今回の私は 「本来存在しないパートを演奏するお邪魔虫(^-^;)」 なのだから、 まず、 とび出ないように、 かといって引っ込みすぎないように、 という、 ぎりぎりの線を探る必要がある。 慎重に音を選んで鍵を押さえる。

今日は第1曲"Kyrie"と第2曲"Gloria"の練習だった。 印象に残ったのは、第2曲目"Gloria"の冒頭のアカペラ合唱。 一部の隙も無い完璧な音程。 むむむ、 今年の合唱は例年にも増してしょっぱなからレベルが高いぞ! しかしオケの弦楽器、管楽器も負けてはいない。 目立った音間違いも曲がとまったりすることも無く、 すいすいと練習が進行して行く。 総じて第1回にしてはレベルが高い。 合唱は十分練りに練ったことを感じさせるし、 オケはなんだかみんな初見でバリバリ弾いているし、 まったくもってここはすげえ集団だ。 私は1月過ぎから必死に準備をして、 かろうじて皆に追いついているに過ぎないというのに・・・。

7時から9時までの楽しい練習時間はあっという間に過ぎ去った。 どうやらチェンバロでシューベルトに 「溶け込む」 ことは可能なようだという感触も得た。 なんとも言えぬ満足感。


1999年6月27日 第2回合わせ練習

今回はHANE夫妻 (このページの掲示板にもときどき書きこんでおられる) と「取り引き(?)」をした。

私がHANE夫妻を車で送り迎えするかわりに、 会場でのチェンバロの積み下ろしを手伝ってもらう、 というものである。 当日朝にHANE夫妻に連絡し、取り引き成立!おおっしゃーぁ! いままでは、「会場へ早く到着しても、 チェンバロの積み下ろしをしてもらう「人足」がみつからず、 途方に暮れる」とか、 「無理やり一人で運んで次の日に筋肉痛になったりする(笑)」とか、 いろいろ大変だったのだが、 今回はそんなことはない。 これからもこの手で行こうかな。 どう?>HANE夫妻(笑)

さて、練習のほうはというと・・・今回は「クレド」までを全部通す、 ということであった。 私はクレドまでのパート譜も一応完成し、 万全の体制で望んだ・・・ つもりだった。

しかし、 出来は・・・いまいち。 パート譜の作成に気を取られて曲の大局的な構造が見えていない。 他の楽器、とくに低弦と呼吸が合わない。 一方で、 他の楽器や合唱も (不遜ながら!) 仕上がりはまだまだのように感じられた。 曲の仕上がりは未だに発展途上だ。前回の練習で道筋が見えた、 と思ったのだが、 今回の練習では、 その「道筋」はこちらの考えている以上に 険しいものであることを思い知らされた、 といったところか。

練習の後は、 宇都宮のラーメン屋で合唱関係の仲間と晩飯をたべる。 鶏がらスープとトンコツスープで取ったという独特のだしは なかなかコクがあってうまかった。

今回は練習そのものよりもこちらのほうが印象に残り・・・BAKI☆\(--;)


1999年7月18日 第3回合わせ練習

今回もまたHANE夫妻と「取引」。 私がHANE夫妻を車に乗せていく代わりに、 HANE夫妻にチェンバロの運搬を手伝ってもらうというものだ。 オーケストラの練習は2時からなのだが、 HANE夫妻は合唱側の人間であり、 合唱側の練習は1時から始まる。 宇都宮までは車で1時間かかるうえに、 途中で昼食を取らなければならないことを考えて、 午前11時過ぎにHANE夫妻の家へ到着した。

車中ではHANE夫妻の持っているグローリアの録音を聞きながら行く。 アバド指揮、 ウィーンフィル+ウィーン国立オペラ合唱団のグラモフォン版だそうだ。 私の所有しているCDはニコラウス・ アルノンクール指揮のヨーロッパ室内管弦楽団+ アーノルド・シェーンベルク合唱団なのだが、 それに比べるとずいぶんテンポがゆったりしている。 この曲にはいろいろな演奏方法の可能性があることを改めて思い知らされる。

練習は去る6月27日のそれに比べてはるかに水準が高く、 又、 充実したものだった。 特に合唱の「クレド」の仕上がりの良さが印象的。 オケのほうも曲を掌握しつつある。 特に低弦、今回はチェロのトップの人が都合が悪く休み。 更にコントラバスの主席奏者も休み、 と、 低弦楽器はパワー不足が予想された。 「これは、私も気ばらないといけないかな?」などと思った。 しかし、 いざ蓋を開けたら何の何の。 私はただチェロバスの上に乗っかっているだけで 曲が進行していくではないか。すげ~。

曲が分かって来ると他のパートに耳が行くのは世の必然。 否応無しに 「オリジナルに存在しないお邪魔虫パート」 である私も注目を浴びる。 オケの人から、 「ええと、クレドの11~12小節、 チェンバロ、 省いたほうが良くない?」(爆) ・・・実はこの部分、どうしようか迷っていた。 問題の箇所はチェロとバスがユニゾンでピチカートを演奏し、 他にはppでティンパニのトレモロのみ。 チェロとバスはppまで弱い音になる。 私はピチカートに合わせるためにバフストップ (弱音器のようなもの)をつけたのだが、 まだ音色が「浮いて」いたのだ。 結局11~12小節はチェンバロは音を入れないことにした。

練習終了後、指揮者の先生から一言。

「この曲、CDとか聴くと分かるんですが、 実にいろんなテンポの取り方があります。 (うんうん、そうだ)私のテンポの取り方は、 そうしたものとまた違うと思いますんで、 注意してください。 でも、今日は良かった。 前回の練習に比べて格段の進歩だと思います。 先が見えてきました」

とはこの段階での「お褒めの言葉」と聞かせていただいた。 嬉しいことだ(^^)。 更に合唱側のリーダー的役割の人から一席。

「合唱団の皆さんへ一言。 この合わせ練習に『だけ』参加される人は、 それ以外の音とり練習に出る必要がないほど音が完璧に取れている人です。 音とりを完璧にしてから合わせ練習に臨んでください。 音とりが完璧でない人は音とり練習に出てください。 音とりが完璧ではないくせに、 『合わせ練習のみで済まそう』などとは思わないでください」

ううむ、 こちらは耳が痛い。 合唱側の人間ではない私にもこれは人ごとではない。 何しろ、私、未だパート譜が完成していないほどに「準備不足状態」。 合わせ練習以外にこの曲をさらう(個人練習する)機会はほとんど持っていないのが現状だ。 考えなおさないといけないのかも・・・

・・・というわけで、充実した練習が終了。 今回は得るところが大変多かった。 私の手許には以下のメモが有る。

Kyrie:49小節~57小節:楽譜上、 53小節でf(フォルテ)、 54小節にcresc.の指定があるが、 この54小節はいったん音量を落とす。61小節~69小節(特に66小節)も同様。

Gloria:68小節~109小節: 主線のパートは「歌う」ため、多少テンポが揺れる。 主線以外のパートは、主線パートの「揺れ」を察知し、 これにシンクロ(Synchronize:同期)すること。

Credo:199小節以下のTempo I: 199小節はCredoの出だしよりも幾分速め。 237小節あたりから減速し、 239小節で出だしと同じテンポになる。 フーガに入ったらテンポは幾分早め(?)。
Credo:フーガの開始:(314小節以降): 318小節には4つの音(As,B,As,G)が有るが、 As-B,AS-Gにそれぞれスラーが有ると考えると、 合唱側と良く「合う」。
Credo:387小節付近および419小節付近: 387,419小節は「レガート」。 この部分はp(ピアノ)にて演奏される部分。 この部分のディナーミクを準備するため、 その前の部分からデクレッシェンドを開始する。 具体的には、381小節以降、 および413小節付近以降はデクレッシェンド。 逆に381小節はその付近の力点の「頂点」。
Sanctus~:Osanna(Allegro, ma non troppo, 24小節以降~)歌詞"Osanna"の"san" に対応する音符(多くの場合、 オクターブ跳躍の後の二分音符)はアクセントをつける。 また、70小節以降は終止感を出すためにritardando。 80小節以降も同様。

(え、なんだ、それっぽっち?と思われるかもしれません。 ちょっと聞き落とし、書き落としがあるかも(^-^;))

今日はBenedictusまで通した。 あと手をつけていないのは"Agnus Dei"1曲のみ。 いよいよ最初の目的地が見えてきた(^-^)。


1999年8月22日 第4回合わせ練習にて笑いを取る(^^)

お盆以来どうも体調がすぐれない。 風邪をひいてしまったらしい。 本日も午前中はどうも体調が良くなく、 練習参加を一旦は断念しようとすら思った。 しかし午後になったらどうやら持ちなおしたので、 どうにかこうにか練習に参加。

前回の練習から今回の練習までの間に、 海外出張、 お盆休み等が間に入り、 曲を十分おさらいする期間が取れなかった。 あまりの準備不足。 おまけに体調が万全ではないことなど、 練習に望むには条件が悪かった。 2時間の練習時間のうちの最初の一時間は、 とても実力が出せたとは言えない状態であった。 はっきり言って「寝ぼけていました」m(_ _)m

今回は初めてティンパニが練習に参加。 このため練習は極めて有意義なものになった。 特に「クレド」は、ティンパニのソロの箇所を多く含んでおり 、ティンパニがいないと何が何だかよくわからないのだ。 私も徐々に覚醒(?)する。

いままでの練習ではどちらかというと指揮者の先生の指示は おもに合唱に対して行われていたのだが、今回の練習ではオーケストラへの指示が増えた。 また、合唱とオケとの相互関係への言及も多い。 確かに合唱はいろいろな面できわめて高いレベルに到達していることを 考えると、 これは自然な動きだ。 練習の進捗の度合いが「決して悪い物では無い」ことを示しているように 思われる。 特にグローリアの終曲フーガはすでに合唱にとって 「自家薬籠」 と言っても良いレベルだ。 チェンバロで加わっていても大変気分が良い。

2時から2時50分ごろまで練習した後、 一旦休憩をはさんで3時から練習を再開。 「グローリア」といい、「クレド」といい、 アカペラ合唱の開始が多く、 出始めのたびに「音取り」が必要だ。 音とりが必要になるたびに、 合唱のメンバーのうちの一人がピアノの傍らに移動し、 最初の和音を押さえて戻ってくることが繰り返される。 なんだか練習の勢いがそがれてしまうような気がして、 ある時、 思わずチェンバロで最初の和音を拾ってしまった・・・笑いが起こる。 合唱側から「合ってるのか?この音」 「いや、合っているぞ」の声。 指揮者の先生は「あ、どーもありがとう。 皆さん、 この音で取れますね?」・・・ウケてしまった。 これだからグローリアアンサンブルの練習は止められません・・・って、 違うか(爆)


1999年9月29日 第5回合わせ練習に出られず・・・

9月11日に練習があったのだが、 故あって参加できなかった。 この時期、 練習に1回でも欠席すると、 非常に損した気分になる。

というわけで、 またまたスコアを眺めて曲の把握につとめることにした。 すでに合わせ練習で取り上げられたそうだが、 私自身はまだ未だ一度も扱っていない"Agnus Dei"。この曲、 出だしが2重フーガになっていることは明白だ。 (曲そのものはフーガではない。すなわち"Agnus Dei"は 「2重フーガ風の曲 - 2重フガート -」ということになる) この出だしの主題、 またまた何かに似ている、 と記憶をひっくり返すと、 あったあった、この曲だ。

[Agnus Dei and J.S.Bach's fugue (Agnusdei.gif 6.36KB)]

上の楽譜は今回のシューベルトのミサの終曲の冒頭だが、 下はバッハの「平均律第1巻」のcis-moll(嬰ハ短調)フーガだ。 ごらんのとおり、 減4度を持つ特徴的な主題旋律が全く同じである。 更に、 バスからフーガの形式で主題が導入されているのも両者共通だ。 全体を支配する重苦しい雰囲気もよく似ている。 バッハの用いたアイテムと同じアイテムを用いることで、 バロックの伝統を感じさせる効果を生んでいるのだ。 そういえば、 "Gloria"のフィナーレもそうだった(2月7日の日記参照)。 「名曲」の背後に流れている「伝統」に思いを馳せずには居られない。


1999年10月17日 オーケストラ単独練習

10月は合わせ練習は無く、 10月3日の合唱練習、 10月17日のオーケストラ練習がメインの練習と相成った。 私は10月3日がオーケストラと合唱の合わせ練習だとばかり思いこみ、 間違えて練習会場に赴く、 という「無駄足」を運んだ。 (もっともそのときには合唱の内容を見学することができ、 結果時にははなはだ有意義であった^_^)

考えてみれば、 シューベルトのミサの練習が始まって以来、 オーケストラ単独の練習という物は初めて。 合唱が居ないということで、 オーケストラの音の詳細を(むろん自分の音も含めて^^;)把握する、 良い機会だったといえる。 信じられない話だが、 音の間違いがこの期に及んで1箇所発見された(+_+;)見ツカッテ良カッタ。

自分に身近なパートということで、 やはりチェロバス「低弦」に耳が行く。Grolia, Credo, Benedictus にはチェロがメロディをとるところがある。 ご存じのように、チェロがメロディをとるときは、 なかなか「美味しい」局面が多い。 チェロのメロディというものは低弦の華とでも言うべき存在なのだ。 しかし、 今回のものに限って言うと、 チェロのメロディはいずれもフラット系の調ばかり。 チェロを含むオーケストラの弦楽器にとって、 フラット系の調というのはなかなか弾きにくいのだそうで (開放弦からしてシャープ系の調に適応しやすくなっている) 端から見ていても大変そう・・・(^_^;)。

自分については、 総合的に言って、Kyrie,Gloria,Credo,Sanctusについてはほぼ問題ないレベル。 しかし一方でAgnus Deiの譜読み不足が露呈してしまった、 もう一度おさらいしなければ・・・ というわけで、 ここ1週間の私のカーステレオは「Milt Jackson追悼」と称して モダン・ジャズ・カルテット(MJQ)のテープばかり流していたのだが、 いま一度、 シューベルトのミサのテープと交換し直すことにしよう(笑)


1999年11月3日 第6回合わせ練習

久しぶりの「オーケストラ+合唱の合わせ練習」である。合わせ練習そのものが、 9月以来約2か月ぶり。 しかも私、 9月の合わせ練習を欠席したので、 私にとってはなんと2.5か月ぶりの「合わせ練習」だ。

予定通り午後2時から練習開始。 え?私、 こんなにひどかったか? どうも「乗れ」ない。 音を間違う。 和音が把握できない。 タイミングが狂う。 まるで曲を忘れてしまったかのようだ。 私だけではない。 全体的になんだか響きが薄いし、 オケの他の楽器も、 ときどき「出」を間違えているのが目立つ。 指揮のK先生の表情が曇る。 最悪だ! いったいどうなってしまったのだろう?

Kyrie, Cloria, Credoと一通り通した後、 合唱の問題箇所を抽出しての練習が始まる。 「合唱の声が自分の周りだけで鳴っています。 こちらに響きが伝わってきません。 これでは私は何もできない」 と厳しい言葉が飛ぶ。

数回やり直して、 合唱はどうやら「本来の響き」を取り戻したようだ。 声が急に通るようになる。 これに刺激を受けたのか、 オケも徐々に「覚醒」してきた。 練習を重ねるにつれて、 当初の「出」の間違いは影を潜め、 曲の空気がよく分かるようになった。 お、 前回も書いたチェロのメロディー、 今回は何だかきれいになっているぞ! すごいすごい。

しかし、私の方は"Aguns Dei"がまだまだ「咀嚼不足」。 まずいなぁ・・・。いま一度、 スコアを舐めて舐めて舐め尽くさなければならない。

あと、さらに「別の部分」の練習。 じつはここでは少々チェンバロが目立つのだ。 この「目立つ部分」のチェンバロの動きはかなりの独立性を持っており、 かつ、 他の楽器や合唱との同期をとるのが非常に難しい。 今日は「この部分」の最初のトライだったが、 見事に失敗した(^_^;)。 この部分、 チェンバロは「通奏低音」ではなく、 むしろ「合唱の伴奏」として振る舞わなければならないようだ。 数年前に合唱のピアノ伴奏を行っていたときの経験を呼び起こす必要がある。 次回のトライでは果たしてうまくいくか?


1999年11月27日 第7回合わせ練習、そろそろ尻に火が(^o^;)

本番12月11日まで残り2週間。 練習は本日(11/27)と、12月5日の2回、 あと、 当日リハーサル(ゲネプロ)を残すのみとなった。 今日と次回の練習は、 本番と同じステージを用いての練習である。 否応無しに、 「本番間近」の気分が盛り上がる。

午後6時に会場到着すべくチェンバロを載せた車を運転する。 夏の間の練習の時にはまだ明るさが残っていたのだが、 今はもう、午後5時をすぎるとあたりは真っ暗である。 ううむ月日の経過するのが早すぎる、 などとあまり意味のない感慨にふけりつつ会場に到着すると、 待っていたのは舞台設定(山台や椅子など)の肉体労働であった(^_^)。 でも、自分の愛機チェンバロを運搬して、 調律をしている間に必要な作業はすべて終わってしまっていた。 私だけ、 自分の楽器しか扱っていなくて、申し訳ない気がする。

本番と同様な舞台のセッティングが終わり、 午後6時半から練習開始。 最初は うっちいさんの 指揮で、 ア・カペラのコーラスによる、 グレツキ作曲「すべてを汝に」だ。 オーケストラサイドの私は出場ではないため、 他の人と一緒に客席で合唱の練習を聴く。 この曲は実はまともに通しで聴いたのは今日が初めてだったりする。 アカペラのハーモニーがキマっている。 何とも言えない天上的な感覚の響きだ。 客席の後ろで聴いても声がとどくのもすばらしい。 見事な演奏。 アカペラコーラスには「人を黙らせる力」のようなものがある。 私は鍵盤弾きだが、 どうあがいてもアカペラコーラスの純粋な響きにはかなわんなぁ・・・(+_+;)。

午後7時、 私の出番であるシューベルトの練習を開始。 指揮者のK先生はとにかく何もおっしゃらずに1回全曲通された。

・・・で、 ううむ、 いまいち!何かが違う。 変な重しに萎縮しているような感覚なのだ。 少なくともあと3週間で本番、 というほどの出来には到達していない。 何が原因か分からぬまま。 全曲通しが終わり、 いったん休憩。

休憩時間・・・うっちいさんとK先生がいろいろ技術的な話をしている。 何をお話しされているのか、 近くで耳をそばだてて聞く。 ううむ、 難しい。 「殿上人」の会話だ(^^;)

「色が少ないんですよ。なんか、4色ぐらいしかないような・・・」
というような言い回しが印象に残ったが・・・。

で、 休憩時間後にもう一度・・・K先生から注意が一通り行われて再び「キリエ」 から通す。 おおっ!良くなっている!(^o^) 私も先ほどの練習で感じていた 変な重しのような感覚が消滅している。 この調子なら本番にも乗せられだろう。 どうやら、 一日に2回行うと2回目にはキマるようだ。 しかし大丈夫。本番前の軽い練習(ゲネプロ) で感覚を呼び戻すことができる、 と確信した。

私自身は、 前回の懸念であった"Agnus Dei"でのとまどいもほぼ解消し、 やっと皆に追いついた、 と感じた。 でも、この曲を全曲演奏するのは、 本番を含めてあと2、 3回しか無いのだな。 いつもこの時期になると「ああ、あと10回ぐらい、 いや、せめて5回ぐらい、 この曲とつきあっていたいなぁ」 という思いに駆られてしまう。

さて、 またまた阿呆をやってしまった。 チェンバロが目立つ箇所で、 鍵盤を押さえると、 およよ、 琴のような変に鈍い音が・・・しまった、 バフストップ(弱音器みたいな物) がセットされっぱなしなのを忘れていた・・・場内大爆笑。 ううむ、 またまた阿呆な笑いをとってしまったぞ。 本番は気をつけよう(何をだ)

練習の後はうっちいさんたちと食事。 今日の練習はどうだったとか、 ウェブのページの話とか(うっちいさんのサイトは、 一日のアクセス数が簡単に1000を超えるという有名サイトなのだ^^)、 色々な話で盛り上がったのでありました(^-^)。 私のサイトのトップページのBGM"We wish you a Merry Christmas."を、うっちいさん曰く「いいですねぇ~」。 こういっていただけるととても嬉しい。 でも、 うっちいさんのトップページのBGM、 奇しくも同じ曲名のオルゴール編曲の方が数十倍洗練されていると思うぞ。


1999年12月3日 プロのチェンバロを聴く

ちょっと練習から外れるが、 12月3日に私の住処からそれほど遠くないところのホールで、 トレヴァー・ピノックのコンサートが催された。

トレヴァー・ピノックといえば、 現代のチェンバロの巨匠の1人である。 ラモー・バッハ・ヘンデル・テレマン・・・ 目の前で繰り広げられるバロック室内楽の世界にすっかり頭がくらくらしてしまった。 最高だ。 チェンバロとはここまで表現の幅の広い楽器であったのか。 正直な話、 私は今までチェンバロの表現力について 「たかをくくっていた」 面があったことを認めなければならない。 無論ピノックが用いたのは2段鍵盤の大きなフレンチタイプであるのに対して、 私のは1段鍵盤のスピネット型だ、 その違いは考慮しなければならない。 しかしそれ以上に、 微妙なテンポ変化、 アーティキュレーションの使い分け、 チェンバロの表現力の幅の広さをまざまざと見せつけられた。


1999年12月5日 最終合わせ練習+初見的ピアノ伴奏(笑)

さて、今日は本番1週間前、 本格的な練習としては今日が最後だ。 例によって午後4時ごろにチェンバロを積み込み、 本番でも用いる会場まで車を運転する。 それにしても寒い。 空はどんよりと曇り、 日中もあまり気温が上がらない。 今年は秋のすすみが遅いと思っていたが、 12月に入るとともに確実に冬の天気になったように感じる。 車を運転しているうちにあっという間に夕闇が迫り、 会場に着いた頃にはあたりは真っ暗であった。

練習そのものは先週と基本的に同じように進行する。 すなわち、 最初は舞台のセッティングなどの「肉体労働」だ。 私もチェンバロの調律を早々と済ませ、 舞台のセッティングを手伝う。

ただし先週と決定的に違うのは、 今回の練習には、 プロのソリストたちが加わっていることだ。 ひととおり、舞台のセッティングが終了した後、 突然、 指揮者のK先生に呼び止められた。

「リハーサル室でピアノ伴奏して、 ソリストたちの音取りにつきあってくれない?」

ひぇ~~!これは困ったぞ。 そりゃまあ、 半年以上にわたってつきあってきた曲だし、 曲そのものは「一応把握している」とはいえ、 ヴォーカルスコアのピアノ伴奏を実際に弾いたことは、 これまで一度も無かったんだ。うまく弾けるかよぉ、それよりも、 なんだか俺のへっぽこ伴奏でソリストの足を 引っ張ってしまいそうだ、 どないしよ・・・という心の内が表に出ないように注意しながら 「はい、 わかりました」と指揮者のK先生に返事をして・・・

リハーサル室に移動し、 ソリストの先生と指揮者の先生、 練習用のピアノの準備が整うのを待つ。 舞台上ではグレツキのアカペラコーラスを練習している、 見事な合唱の音声が漏れ聞こえてくるのだが、 こっちはそんなのを聴いている余裕はない。 準備が整うのを待ちながら必死に楽譜を睨み付ける。

実際に音取りをされているときは、もう必死。 内心冷や汗たらたらを隠すのに苦労した(笑) 「こういうときはとりあえず ベースラインと上声部を弾くのが手っ取り早いのだ」 などと考えながら、 初見的状態で、 ソリストが音取りをするのにじゃまにならないように、 必死で譜面に食らいつく・・・

という次第で無我夢中のうちに音取りの伴奏は終了。 とりあえず、 ソロの部分の音取りをじゃまするような事態は 起こらなかったので一安心(^.^;) さあていよいよシューベルト、最後の合わせ練習だ。

この時期になるともう大した問題は見つからない。 オーケストラで2,3箇所音が合わない部分があったが、 少し指摘してやり直したらすぐに治ってしまった。

ただしソリストが加わる部分では テンポがなかなか統一されない。 こういうときには ソリストの呼吸を うまく自分のテンポ感とシンクロさせなければならない、 かといってソリストに合わせすぎてもよくない。 私は先ほどの「音取りピアノ伴奏」が尾を引いたせいか、 ソリストに「合わせすぎ」て、 逆に他の楽器と揃わなくなってしまった。 なかなか難しいモノである。

午後8時半、 練習終了。 これですべての練習日程が終わった。 あとは本番当日を残すのみ。 当日の細かいタイムスケジュールが記された紙が配布され、 幹事の方から2,3点の注意が行われた。

一週間後の今頃の時間には、 もう本番が終了して、 打ち上げ会場に移動している筈だ。 さあて、 本番、 どうなる・・・?(^-^)


1999年12月11日 本番!本番!

ついにこの日がやってきた。 これまでの1年の長きにわたった練習、 準備の成果を集約する1日だ。

当日の朝は気分もすがすがしく目が覚め・・・ というわけには、実はいかなかった。 前の日が泊まり込みの忘年会だったからである。 二日酔いにこそなってはいないが、 若干睡眠不足気味(^^;) 必ずしも万全のコンディションではない。あとから思うと、 この睡眠不足が、 当日会場に到着するまでの、 あの、 忌まわしいハプニングの序奏だったのだ。

出発前に、 自宅にてチェンバロを調律。 チェンバロはピッチが狂いやすい楽器で、 毎回の演奏の直前には調律することが必須の作業だ。 会場に着いたらおそらくもう一度調整が必要だと思うのだが、 あらかじめ調整しておく。 こうすると後で会場に到着したときの調律作業も楽なのである。

さて、 いよいよ出発! いくぞ! と気合いを入れ、 チェンバロを積み込んだクルマを運転し、 自宅から会場に向かう。 片道1時間以上の道のりだ。 年末であわただしいせいだろうか、 道がとても混んでいる。 なかなか思うように進まない。 とにかくのろのろと車を進める、 今日のこれからのスケジュールや、 数時間後に始まる「本番」へ、 色々な考えが頭をよぎる。 そうこうするうちに・・・

「会場へ着いたらチェンバロを運び込んで再調律か・・・ ええと、 自宅で調律した後・・・調律用具一式は持って来たっけ? もしや? うっ! しまった! チェンバロを調律した後、 傍らの棚に置きっぱなし!」

と気がつく。 あわててクルマをUターンさせ、 自宅に戻ることにする。 慌ただしく自宅の車庫にクルマを入れ、 自宅の出入り口へ向かおうとすると、 なにやら靴を通して「ぐにゅ」と柔らかい異様な感触・・・ それとともにほのかな「香り」が立ちのぼり・・・ ・・・自分が野良猫の「ババ」を踏んづけたことを 自覚した瞬間であった。

気分は最悪である。 「まったく、 本番当日にとんだ『けち』が付いてしまった」 と思いながらふたたび自宅から会場へ向けての長い道のりに望む。 すでに予定の時間を40分以上オーバーしている。 焦りたくなる気持ちを抑えてつつクルマを運転し、 ようやく会場に到着した。

「遅くなりました。すみません」 到着してすぐにチェンバロを舞台の上に運びあげる。 周囲の温度や湿度がピッチのずれに影響するので、 早めに本番と同一の条件に置いておくことが必要なのだ。

いろいろな準備の後、 第1ステージのグレツキ(アカペラコーラス)、 第2ステージのエルガー(弦楽合奏)、 シューベルトの順にリハーサル。 最初の2つは私は出演しない。 第3ステージ「シューベルトのミサ」が私の参加する演目だ。 "Sanctus"と"Benedictus"の後に 全く同じ形で2回出現する"Osanna"について、 1回目と2回目で微妙にニュアンスを変えることを改めて確認。 その後に、 全曲を1回通した。 先週の練習に加われなかったティンパニの音量バランスを チェックするのみで、 細かい指示はほとんど無し。 今日はもう「練習」する日ではない。 すでに先週までで「練習」は終わっているのだ。 それに、 あまりリハーサルで体力を使いすぎてもまずい。

午後5時、 リハーサル終了。 指揮者のK先生は最後に一言 「リラックス、 リラックス、 楽しくやりましょう!」

こうしていったん解散。 開場は午後6時。 まだあと1時間ほどある。 あらためてチェンバロの調律をやり直すことにした。

リハーサル、 さらにその前のセッティングからずいぶん長い時間ステージライトを浴びて、 楽器のピッチにも相当に影響が出ているはずである。 ちょっと和音を鳴らすと、 にごった響きが・・・ やはりピッチが狂いまくっている(+_+;) 最初に1オクターブの中の音を合わせ、 ついで上下のオクターブに調律範囲を広げていく。

開場まで残った時間はあと数十分。 調律を行っている間、 客席にも舞台にも人はほとんど居ない。 物音1つしない静かな空間でただ私が調律する楽器の音だけが淡々と響く。 音の響きの濁りを正していきながら、 次第に「本番間近」 という緊張感が全身を包むのを感じる。

午後5時45分。 調律終了。 これ以降、 第1,2ステージの間、 チェンバロはステージ上に出しっぱなしになる。 いままでかなりの時間ステージの環境下に慣らしておいたから、 もう、 それほどピッチが狂うと言うことはあるまい。 いったん控え室に引っ込み、 軽い食事をとる。 すでに私以外の皆はほとんど食事と着替えを済ませていて、 いよいよ「準備万端」といった雰囲気である。 開演間近の、 どこかそわそわと不安で、 かつ、 心地よい緊張感が、 控え室に居るすべての人から感じられる。

食事中に開場時間の午後6時を迎えた。 食事を済ませて会場入り口を見てみると、 すでに大勢の入場者が・・・、 うおお、なかなか盛況だぞ。 ざっと見たところすでに全座席の半分以上は埋まっている。 どれどれ、と、こっそり客席に忍び込む・・・と、 「こっそり」のつもりが、 顔見知りの先輩に出くわしてしまった。

「あ、どーも、○○さん、よーこそおいでくださいました」
「おまえ?出るんだろ?」
「はあ、 第1ステージは出番じゃないので客席で聴いてようかなと・・・」

・・・というわけで(意味不明)せっかくだから、 第1ステージ(グレツキのアカペラコーラス)は、 客席で聴かせてもらうことにしよう・・・。

ステージは緞帳(どんちょう)が下がっている。 いわゆる「クラシックの演奏会」で、 開演前に緞帳が下げられているというのは比較的珍しい。 客席の比較的端の方に腰を落ち着けた。私が客席に座って、 開演を待っている間にもぞくぞくと人が入ってくる。 これはほとんど満席に近くなるんじゃないだろうか?

「自分も出演する演奏会で、 共演者が出演している演奏のステージを客席から聴く」 というのは、とても不思議な感覚だ・・・などと考えているうちに、 定刻6時半、開演を告げるブザーが鳴った。

緞帳がするするとあがる、 と、 緞帳の向こう側にはグローリアクワイアー(合唱)の団員が勢揃い。 指揮はうっちいさんだ。 客席からは拍手。

うっちいさん、 緞帳があがりきるかあがりきらないかのうちに素早く指揮棒を振り、 第1ステージは唐突に開始された。 純粋な、 しかし、 迫力のある歌声が会場いっぱいに響き渡り、 その瞬間、会場の空気が一変。客席側から発せられる拍手、 ざわつきなどのすべての音声は停止し、 グレツキ「すべてを汝に」のアカペラコーラスがその空間を充填する。 何という生気に満ちた合唱だろうか。 これは聴けて良かった。 自分の出番を前にして 「気合い」 のエネルギーのシャワーをいっぱい浴びているような感覚である。 現世とは別の世界を創出した第1ステージの10分間は あっという間に過ぎていった。

終了。 万雷の拍手。 出演者退場後私は控え室に赴く。 指揮をしたうっちいさんと堅い握手。

「Great ! 客席で聴いてました。 良い気合いを分けてもらいました!」
「いやぁ、 自分でも、 今日は良かったと思ってますよ。 今までで一番良かったんじゃないかな?」
「次はメインステージですね」 「がんばりましょう!」

第2ステージ、 エルガー「セレナード」(弦楽合奏)の途中から舞台袖に移動し、 待機。 休憩時間でチェンバロのピッチを最終確認するためである。 エルガーのステージは、 洗練されたアンサンブルである。 比較的さらさらと進んでいく。 第1ステージのような覚醒的な迫力とはまた違った、 心地よい空気が会場を支配する。

第2ステージ終了。 ここから15分間の休憩である。 私はステージに出て、 チェンバロのピッチの最終確認作業に着手した。 OK!それほど乱れていない。 低音部と高音部のわずかなずれの部分を修正し、 10分ほどで舞台袖に再び引っ込む。 代表役のSさんが来て、 ステージ入場順を最終確認。 私はオーボエの人に442Hzで調律してあることを告げ、 確認する。 そうこうするうちに、 第3ステージ 「シューベルトのミサ」 の開始3分前を告げる予鈴が鳴る。 楽譜の順番をチェックし、 開始ベルが鳴るのを待つ。

ついに開始のベルが鳴った。 オーケストラの人から順に入場。 私も入場し、 自分の楽譜をチェンバロの譜面台にセットしながら、 ちらりと客席を見る。 ほとんど満席、 立って聴いている人さえいるようだ。 オーケストラの団員に続いて、 合唱団員が入場。 全員入場が終わるまでの時間がとても長く感じられる。 やがて指揮者、独唱者も入場し、 拍手の後、 ついに演奏が開始された。

指揮、 低音弦楽器との同期、 拍の勘定に細心の注意を払い、 どちらかというと冷徹に音を発していく、 その一方で 「1年間つきあってきたこの曲のこの小節とつきあうのもこの瞬間が最後だ」 という思いがたびたび頭をよぎり、 胸が熱くなる。 2曲目 「グローリア」 あたりから次第に自分の演奏が熱くなり、 "Cum Sancto..."のフーガで1つの頂点に達する。

3曲目、 「クレド」は低弦楽器のピチカートが多く、 チェンバロでの処理が難しい。 しかしこれまでの練習の蓄積は効いている。 1週間前の練習ではうまくいかなかった独唱者との合わせも今日はクリア。 それにしてもピチカートに合わせるのはアルコ (弓奏) に合わせる以上に大変だ。 水をも漏らさぬという張りつめた神経での鍵盤押下を続けているうち、 一瞬、 意識が遠くなる。 はっと気がついたら、 現在どこの小節を演奏しているのか見失った! まずい! しかしすぐに立ち直る。 幸い、 見失ったのはチェンバロが休符の部分だった。

「サンクトゥス」「ベネディクトゥス」と続く、 指揮のK先生が実に気持ちよさそうな表情でタクトを振られている。 私の頭の片隅では拍のカウントと 他のパートとの合わせへの気遣いが冷静に進行する一方で、 夢と現(うつつ)の境界は曖昧になり、 今自分が行っている行為は果たして幻なのか、 あるいはこの世の物とは別の何かなのかという感覚- 演奏中に時々起こる、 あの、 独特の感覚- が自分を包み込む。

やがて最終曲「アニュス・デイ」。 重苦しい2重フガートの世界からやがて、 柔らかい変ホ長調へ。 "Dona nobis pacem"の歌詞が 「遠くから」 聞こえる。 最後の和音を他の楽器、 合唱の中で両手でめいっぱい発音して、 この長いミサの全曲が終了したのであった。 終わった。 すべてが終わった。 指揮のK先生の満面の笑み。 ソリストの人ともに何回もカーテンコール。 皆満足そうな表情をしている。 私も口元がゆるむ。

しかし油断大敵。 未だ「アンコール」が残っている(^^)。 白状しよう。 アンコールの曲目はグノーの「アヴェマリア」であった。 バッハの平均律を伴奏に用いた有名な曲だ。 伴奏のなかで私ただ1人が「平均律」の分散和音をとる。 特に前奏の4小節間は私1人のみの演奏なのだ。 11月27日の日記で 「チェンバロの目立つ箇所で阿呆をやった」 と書いたのは実はこの部分だったのである。 指揮のK先生がにやにやしながら 「今日は、だいじょうぶかね?」 というような表情でこちらを向き、 私も照れ笑いの表情で応じる。 アンコールが始まる。 大曲をやり遂げた/聴き終えたという安心感につつまれた会場が ふたたび静まり返り、 そこに、私が演奏する前奏4小節のチェンバロの音が静かに流れる。 最高の瞬間だ。 つづいてアヴェマリアの歌が弦楽合奏に包まれて静かに始まる。 夢心地のうちにアンコールが終了。 そして、 再び万雷の拍手・・・・・・。 今度こそ本当にすべてが終わった。


2000年1月11日 本番が終わって・・・

本番が終わって1か月。早いものだ。

打ち上げは、そりゃもう、すごい盛り上がり。 私は酒をがんがん飲んで、 「最高ですかぁ~!最高で~す!」(--;)を連発し、 周りの笑いを誘っていた。 うっちいさんとは次回の、 2000年に催されるグローリア  -「グローリアアンサンブル&クワイアー Vol.8」-  の内容について少し話し合ったりもしたのだが、 それはまた別の機会  -おそらく「グローリア日記2000」という名前のページになるだろう-  に記すことにしよう。 とにかく、 打ち上げは場所を変えつつ午前4時頃まで続き、 我々は次回のグローリアでの再会を祈念しつつ別れたのだった。

演奏会終了後は年末年始で慌ただしい日々を過ごした。 12月23日には友人が主宰する小さな、 しかし質の高い演奏会が催され、 聴きに行ったりしていたし、 年が明けてからは実家に帰省したりしていた。 そんなこんなであっという間の1か月だったのだ。

1月11日、 小包が届いた。 開けるとグローリアの写真とビデオテープが・・・。 早速ビデオを見てみる。 こうしてみると、色々「あら」が見つかる。 さらに、 アンコール出だしで自分のにやけた面が アップで映し出されたのは赤面物だ(笑)。 しかし、 細かく見るといろいろ「あら」はあるが、 全体からはある種の「エネルギー」を感じる。 これだけの人数が集まって大規模な曲を、 決して多くはない練習回数で仕上げることが、 如何に大きなエネルギーを使うことだったか、 それとともに如何に意義の大きいことだったか、 改めて色々な思いを巡らさずにはいられない。 とにかく私はそのときの写真を眺め、 ビデオを見ながら、 あの、 過ぎ去った興奮の日々を思い出しつつ、 次回の演奏会へ思いをはせていたのである。 次回の「グローリア」で、いったい私は何を経験するのだろう?

さて、 1年にわたった「グローリア日記 1999年度版」、 そろそろ擱筆すべき時が来たようです。 「グローリアアンサンブル&クワイアー Vol.7」の練習、 準備等を日記風に記してみましたが、 いかがだったでしょうか? ちなみに、 「グローリアアンサンブル&クワイアー Vol.8」 の本番は来たる2000年12月。 活動開始と共に、 今度は、 「グローリア日記 2000年度版」 に手を染めることになります。 はたして2000年度版のグローリアでは何が?気になる方は是非、 "グローリア日記2000"のページへ ・・・ →


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