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"Gloria" Diary/グローリア日記 2001(3)

2001年12月に宇都宮で 「グローリアアンサンブル&クワイアー Vol.9」 という演奏会が催されました。 合唱を含む曲目はJ.ハイドン(Joseph Haydn)と M.ハイドン(Michael Haydn)の 宗教曲2本立て! 久しぶりの古典派路線です。 私はこれらの曲にチェンバロにて参加致しました。以下、その経緯をご覧ください・・・

ご注意:
1.今回の「グローリア日記」は、日付の古い記事が上に、 日付の新しい記事が下になるように並んでいます。 お読みになる際にはご注意ください。
2.テキスト量が膨大になってきたので、以下のように分割しました。


2001年6月17日 前打音

「グローリアアンサンブル&クワイアー」では 毎年必ず、 「声楽なしの器楽ステージ」というのをもうけるのだが、 今年のネタは、これも「ハイドン」・・・交響曲96番「The Miracle」だ。 私は、この曲に「チェンバロ」で参加する予定なのだ。 ハイドンの交響曲にチェンバロ? という懸念を表するかたがおられるかも知れない。 しかし、 ハイドンの交響曲の初期の物はまず間違いなくチェンバロを伴っていたし、 後期の交響曲でも、 たとえば、 これよりも遅く作曲された「ロンドン」交響曲には、 チェンバロを加えて演奏した記録が残っている。 この曲にチェンバロで加わることは特に問題のある行為ではないのである ・・・ と思う(笑)。

さて、 私は、 1週間前からようやくこの曲との接触を開始した。 ハイドンの交響曲というのは概して単純な和音進行であるため、 通奏低音を実施する(「実施する」=アドリブで右手を付けること)のは それほど困難な技ではない。 ただし、 ソナタ形式の主題展開部などでは時々思いもよらない転調や和声進行に出会って、 面食らうことがあるから、 スコアを用いた事前チェックは、 通奏低音奏者には必須のことである。

スコアの譜読みをしていたら、 この曲、 主題の発展がなかなか立体的である。 特に、1,2,4楽章。 主題を展開するときには、 高音部だけではなく、 低音が主題音形を演奏する機会が「結構」多い。 低音奏者にとっても「演奏しがいのある」曲であるということだ。 J. Haydnの交響曲96番「The Miracle」は主題展開の技法、 各楽章の充実度から見てみて、 かなり高水準の交響曲であるといえよう。

で、スコアを眺めながら効いているうちに、 ふとした2つの疑問に出会った。 今日はこれを記してみる。 ターゲットは第2楽章の冒頭だ。

[J.ハイドン・交響曲第96番第2楽章冒頭(2_begin.gif, 6.99KB)]

一見、 何の変哲もないようだ。 ただしヴァイオリンには「前打音」が頻出している。 この前打音も「長前打音」であり、冒頭第1ヴァイオリン(前打音は原譜通り)[2b_appo0.gif, 1.27KB)]冒頭第1ヴァイオリン(前打音の解釈譜)[2b_appo1.gif, 1.26KB)] と読み替えなければならない。

実際、 私の手許にあるチェロ・コントラバスのパート譜でこれを示すことができる。 この曲が始まって第14小節目で、 チェロ・コントラバスが主題音形をとる部分 第14小節のチェロ・コントラバスの動き(原譜通り),(2b_appo2.gif 529Bytes)] があるのだが、パート譜では 第14小節のチェロ・コントラバスの動き(前打音の解釈譜),(2b_appo2.gif 527Bytes)] となっている。

冒頭部分の第1ヴァイオリンパートをもう一度書き、 前打音の解釈譜をつけてみたのが下の楽譜である。

第2楽章冒頭・前打音付の原譜と解釈譜),(2_begin_cp_ornament.gif 1.77KB)]

ここで、わいたのが第1の疑問だ。

「なぜハイドンは(B)ではなく、(A)の書法を用いたのか」

ということだ。確かに、 少なくとも演奏上では(A),(B)は同じ筈だ。

ただし私の中ではこれはすぐに解決された。これに正確に答えるためには若干の作曲法の知識を必要とするのだが、 簡単に言ってしまえば、

「前打音は非和声音であり、次の被装飾音で解決される」

ということから、この旋律の背景の和音進行が何であるかを後に楽譜を見る人間(演奏家を含む)に明らかにするための物だ。

すなわち、 第1小節の第3拍の細かい音形では最初のd2は非和声音と見なすべき音であり、 次のc1が和声音なのだ。 したがって、ここの部分の和音は、 コードネームで書けば、 "D"ではなく、 "D7"なのである。 このように、書式(A)は書式(B)よりも情報量が多いのである。 和音に敏感な人なら書式(A)から、上記の情報 (第1小節目の第3拍の冒頭"d2"は非和声音、 逆に被装飾音である"c2"は和音の構成音。 よってここの和音はV7(属七)である) を読みとることができるが、 書式(B)ではそれは不可能である。

従って、 私が所有しているパート譜のように前打音であるべき音をそのまま実際の音符でベタ書きしてしまうのは、 必ずしも得策ではないのである。

第14小節のチェロ・コントラバスの動き(前打音の解釈譜),(2b_appo2.gif 527Bytes)]

では、 三番目の音-32分音符の"g"-が和音の構成音で、 続く二つの音(fis-e-g)が経過音のように感じられてしまう。 しかし、

第14小節のチェロ・コントラバスの動き(原譜通り),(2b_appo2.gif 529Bytes)]

と書いてあることにより、 我々は、 前打音-32分音符の"g"-から、 被装飾音-32分音符の"fis"-が鳴る瞬間の和音はD(D-durの主和音:トニック)であることが 分かるのである。

上記は、 主に作曲学的見地からの意見だが、 こうしたことを頭に入れておくことは、 実際の演奏にも示唆するところがあるのではないだろうか。

たとえば・・・

等々である

二番目の疑問・・・これは別の日に改めて記そう。


2001年6月21日 独断的和声学的考察(笑)

では、先日記した「第2の疑問」について早速記載します(笑)

何も言わずに、以下の2つの楽譜を見て欲しい。

[第2楽章の冒頭と、その勝手な(笑)改変案(2_begin_2.gif 10.2KB)]]

(A)はハイドンのオリジナル。 (B)は私が勝手にバスパートを書き直したものである。 どちらが「オモロイ」か? 個人的には"VI"の和音の導入による(B)のほうが 面白みが多いと思うのだ。 さらに(A)を見ると、 外声間で反進行の平行八度が発生している。 前打音によるものとはいえ、 ちょっと問題かも・・・等と考え込んでしまう。 これに対して、(B)の出だしの和音進行は、 ちょうど、あの有名な「パッヘルベルのカノン」と同じ進行で、 冒頭2小節が「ブツブツ切れた」感じがない。 この曲の第1小節の前半全体が提示されて、 それ以降の部分について旋律のみが提示されていた場合、 「続きの部分の和音を付けろ」と言われたら、 たいていの人が"I→D7→VI / G→D→Em" という進行を思いついてしまうのではないだろうか。 何故ハイドンはVIの和音をここで使うことに躊躇したのか? ハイドンがVIの和音を知らなかったわけではない。 実際、この曲の後半にはEs-dur(変ホ長調)を含む豊かな転調が存在しているのだ。 Es-durはG-durから見るとVI和音の一種 ・・・これが私の「第2の謎」(^^;)。 なんだか、慣れるまでは"g"ではなくて"e"で弾いてしまいそうです。


2001年6月24日 第1回会わせ練習・・・間に合った!(^-^)b

6月24日。 この日は第1回会わせ練習の日と予定されていた。 どういうわけか鬱病の快復はまさにこの日を狙ったかのように上昇機運に乗り、 実家に病気療養のため退避していた私は、この日の4日前に実家から自宅に移動した。 そして、 自宅の近くで精神科の診察を受け、 うつ病からの回復が本物であることが確認できたのだ。 どうやら、 「第1回会わせ練習に『かろうじて間に合った』」

とはいっても、何しろチェンバロはこちらの自宅に置きっぱなしだった物だから、 果たして指がなじんでいるかどうか・・・、 練習に出かける前に調律と試弾を繰り返す。 とりあえず今回の曲を取り上げるに際してのブランクは「予想よりも小さい ・・・ ような気がする(笑)」。 まあ、 いいか(爆)、 とにかくいけそうだぞ!

練習日当日は、 毎度のようにチェンバロを車に積み込み、 片道一時間かけて練習会場に移動。 例年の「グローリア」でごくごく当たり前の行動なのだが、 数か月前にはこのような行動をとることさえできなかったのだ。 今更ながら鬱病からの快復をかみしめつつ車を運転する。

練習は・・・実りの多い物であった。 K先生の諸注意が初っぱなから合唱よりも むしろオーケストラに向けられていたのが 初回の練習にしては珍しく思われた。 ただ、 このK先生からの諸注意、 スコアにより事前チェックをある程度行っていた私には、 「当たり前」に思われる事柄も少なくなかった。 (例えば、Sequentia,第23小節以降、"Tuba mirum..."の箇所で、 トランペットを強調することなど... 「奇妙なラッパ」のことを歌っている歌詞だから、 金管を目立たせるのは当たり前だ。 3月19日の日記を参照されたい)

「レクイエムやミサ曲では、 器楽奏者といえども、 『歌詞』を咀嚼する必要がある。 器楽奏者も歌詞を無視できない」 との思いを改めて感じた。 楽器を演奏する立場から見ると、 「歌詞」が「発想記号」として機能している面があるということだ。 今までの日記に記すように、 私は実家転地療養中に 「歌詞を調べ、 音符との相関を見る」 という作業を、 ある程度まで行った。 これが今回の練習へ臨む私には非常に効果的だったように感じる。 ブランク明けであるにもかかわらず、 周りの音を聞く余裕があったのだ。 指揮者並にスコアと格闘し、 場合によってはスコアを暗譜しなければならない 「『通奏低音奏者』の宿命」 が見事にプラスに作用したと思う。

ただしこれはあくまで「脳味噌」の話。 指先の動きのブランクはどうしようもない。 率直に言って、 散々の出来だった。 頭の中ではどんな音を弾くべきかが かなりのレベルまで把握できているのだが、 指がついてきてくれないのだ。 非常に歯がゆい思いがする。 これからは、 「曲の大解剖」を継続しつつ、 ブランクでさび付いた指先の技術も取り戻していかなければならない。


2001年7月14日 職場復帰・・・分析は継続(笑)

「合わせ練習」が済んでから約10日後、私は職場に復帰した。 これで少なくとも名目上は「普通の社会人」に戻ったことになる。 ただ、 再発予防のための服薬は依然として継続しているし、 それよりも何よりも、 8か月にも及ぶ欠勤だったものだから、 職場の周辺の環境の変化を未だに把握できずにいる。 勤務時間について言うと、「鬱病の再発予防」を避けるため、 残業などはほとんど行っていないのだが、 いやぁ、 疲れるわい(^^;)。

そんなわけで、 あっという間に第2回目の合わせ練習が明日に迫っているのだが、 譜読み、 楽曲分析等の準備が全く進んでいない。 今回は、 かろうじて気が付いた一点を記すにとどめようと思う。 場所は、 "Dies Irae"(怒りの日)の中の最後のほうを飾る一節"Oro supplex et acclinis"の部分、小節番号で言うと第190小節目である。 早速その楽譜を見てみる。

[「Oro supplex」音形の呈示(MH_1orosupplex.gif, 6.71KB)]

ソプラノのソロとテノールのソロに特徴的な音形(黄色で示した部分)が登場する。

さて、ここで歌詞を見よう。歌詞"Oro supplex et acclinis"の意味は「私はひれ伏して、 御願いする」、とすると、 上記の特徴的な音形、 まさに「ひれ伏す動作そのものを音形化した物」でないだろうか・・・というのが今回のテーマなのだ。ここをちょっと探ってみようと思う。

この音形の最初の呈示はソロ歌手によって行われる。 そのため、 ソロのいない 「通常の合わせ練習」 ではこの音形の最初の呈示を、 今の我々 -グローリアのメンバー全員、特にスコアを所有していない合奏側の人間- は知覚することができない。 しかし、 この音形はこの曲の後半に頻出し、 非常に重要な役割を果たす音形なのだ。 この音形は、 200小節以降でアルトソロとバスソロによって再呈示された後、 しばらく消滅し、 249小節目で今度は、 我々合奏団・合唱団に登場する。

[「Oro supplex」音形の合唱合奏への展開(MH_2orosupplex.gif, 9.12KB)]

ご覧の通り、 クラリーノとティンパニ(ハイドンがこの曲を作った当時は音階の演奏ができなかった楽器)以外のすべての楽器に先ほどの音形が行き渡る。 更に、 ここには示さなかったが、 265小節以降はこの音形が低音部に出現し、 反復進行が形成される。 249小節、 265小節以降の部分でのこの音形はひたすら「アーメン/Amen」という祈りの言葉の歌詞を伴っている。 曲の最後さえもこの音形による「アーメン/Amen」だ(以下の楽譜参照)。

[曲の末尾の「Oro supplex」音形(MH_3orosupplex.gif, 6.57KB)]

この音形の取り扱いに、

「少数の人間がまず天にひれ伏し、 それに続いて群衆が祈る」 という、ある種の演劇的効果

を見るのは、 果たして私のこじつけであろうか?そう、 「こじつけ」かも知れない。しかし、 上記の音形が初めて呈示される第190小節、 そして、 その付近が、 歌詞の上でも、 或いは、 音楽の構成面でも重要な転換局面であるということは、 我々も知っておかなければならないと思う。 特に、 この音形が出る直前2小節の第1ヴァイオリンのとぎれとぎれの音形の部分(第187~189小節)、 これは「祈りの局面」を準備する部分としてとても大切に扱わなければならない筈だ、
・・・ とヴァイオリンの人に訳のわからんプレッシャーを与えて(笑)・・・ついでにモーツァルトのレクイエムの該当部分を示してみよう。

[W.A.Mozartの「Oro supplex」(WAM_orosupplex.gif, 8.53KB)]

モーツァルトのレクイエムでは、 「Oro supplex et acclinis/私はひれ伏してお願いする」は、 あの、 おどろおどろしい、 有名な"Confutatis"の音楽の後に、 不思議な和音を伴って静かに演奏される。 少なくともこの部分に関する限り、 M.ハイドンとW.A.モーツァルトの作曲態度は、 かなり違うようだ。

さあて・・・、 明日はその続き(Domine Jesu Christe以降)もやるんだろうナァ・・・ 予習しなくちゃ、 え?今ごろ遅いって?(^^;)


2001年7月15日 第2回会わせ練習・・・ とにかく暑い!

梅雨明けで、本活的な夏がやってきた。 連日、 最高気温が30度を超える猛暑。 我が家にはエアコンが無いので昼間の室内は「地獄」だ。(+_+;)

さて、 今日は午後6時から合わせ練習。 逆算すると午後5時前には家を出ていなければならない。 従ってチェンバロの予備調律は午後3時半頃頃から行えば十分か・・・。

と思い、午後3時半頃からチェンバロの調律を開始したのだが、 何しろとにかく「暑い!」 チェンバロ自体が暑さでピッチがめちゃくちゃになっている。 体からは汗がだらだら出て、 またたくまにTシャツがびっしょりだ。 上半身裸になってタオルを肩にかけ調律を行う。 まるで力仕事をしているオッサンのような格好なのだがどうせ誰も見てないんだから格好なんかかまっていられない。 しかしどういうわけか、必死に調律をしていたのだが、 全然ピッチが合わない。 時間は刻々と過ぎ、 あっという間に午後4時を過ぎる。 そうこうするうちに、 ふと、

「よく考えたら、 こんなところで調律しても練習会場は冷房が付いているから意味無いじゃん」

という事実に気が付いた(爆)。

あ~おれば阿呆か!と、 上半身裸のまま、 35kgのチェンバロを抱え、 車に積み込む。 ますます「力仕事のオッサン」スタイルになってきた(笑)。

水風呂にでも浸かりたいところだったが、 時間がない。 とりあえず着替えて車で練習会場に向かう。 暑さのせいか、 頭がぼーっとしている。 脱水症状か? 途中、 コンビニでスポーツドリンクを購入し、 合計1リットルをあっという間に飲み干した。

午後6時、練習開始。 体がまだ火照(ほて)っている。 なんだか頭がぶっ飛んでいるような状態だ。

そんなわけで今回の練習はもう半分以上ぼーっとしており、成果は何か結局よく分からなかったのだが(爆)・・・まあ、敢えて言うなら、今回の練習で得た物は

低音の八分音符の扱い方が ・・・ 分かっていない(逝)

ということだった。

例えば、M.ハイドン(弟)のレクイエムの冒頭

[The bass line in the beginning of M.Haydn's Requiem (MH__Requiem_Begin.gif 2.55KB)]

あるいは、J.ハイドン(兄)の「ミサブレヴィス」の「クレド」の冒頭

[The bass line in the beginning of 'Credo' in J.Haydn's Missa Brevis (JH_credobgn.gif, 4.54KB)]

などのことだ。

私は今まで単に漠然と、 これらの音楽を「古典派初期の音楽」と思っていたが、 これらの低音の動きはやはり、 バロック音楽の名残を相当に残しているような気がする。 で、私の場合、実はコレルリやバッハ・ヘンデルのCDなどを少なからず聴いており、 バロック音楽を模倣した弦楽合奏の曲を作ったりもして、 バロック音楽にはそれ相応の経験を持っていると思っていたのだが、 「じゃあ、どう演奏すればいいのだ?」と問われると言葉が出てこないのだ。 今回の練習の焦点、というか最も明らかになった問題は、この

「低音でカデンツ進行をしながら進む八分音符」

だったのである。

これはなかなか言葉では説明できないことのようだ。 実際、 指揮者のK先生・うっちいさんも説明に苦慮されていた。 難しそうだとは分かっていた。だが、これほどまでに解釈が困難とは!でもこれを「征服」しなければ「炎の通奏低音」の面子がたたぬ(笑)。 果たしてこの八分音符はバロック音楽のそれと同じ物か? それとも「古典派」へ向かうこの時代、 こうした八分音符の演奏法はどうだったのか? これを解決しなければ先は無いかもしれない。とにかく、 自分の能力、 知識の無さに唖然とした練習であった。

もう一つ明らかになった問題点は、 J.ハイドンのミサブレヴィスの「グローリア」で、 「縦の線」が全然揃っていない、 ということだ。 これは単に

「個人個人の練習不足」

ということに尽きるような気がするのだが、 とりあえず

「今日の暑さのせいで頭が回らなんだ、 秋の中旬を過ぎる頃にゃ何とかなる」

ということにしておこうと思う☆○=(--;)阿呆!


2001年8月19日 第3回会わせ練習・・・緊張→崩壊→鬱再燃(+_+;)

お盆で私は帰省し、実家に寄ったり郡上八幡で徹夜踊りなどしたりして(笑)かなり疲労を蓄積して帰宅した。その直後、日曜日に第3回の合わせ練習が実施された。今回の合わせ練習は午後1時から開始。まだ夏の盛り。これはまたチェンバロの調律が暑さで大往生か?と危惧してたのだが、そんなことはなかった。実家や郡上八幡は非常に蒸し暑かったが、私の居住地である北関東は暑さの盛りは一服付いたようである。かなり快適な状況だ。先月のように「調律中に上半身裸になる」必要もなく、調律は20分ほどで完了した。

本日はJ.ハイドンの「交響曲96番」を初めて合わせる練習が予定されていた。私はとにかく初めてなものだから、事前の譜読みもこちらにウェイトを置いていた。おかげで、こちらの「交響曲」は、初練習にしてはまあ、比較的順調にこなすことができた。1,2箇所、「出」を間違えそうになったが、今後の練習で十分修正可能だ。

前回の練習で問題になった「低音の八分音符」も、 オーケストラ側のほうはそれぞれどうやら「感じ」がつかめてきたらしく、 余り指摘はされなかった。(J.ハイドンの「ミサ・ブレヴィス」の「クレド」の出だしで、 合唱のベースパートが一部注意を受けていたが、 オケの低音はそれなりに「形」になってきているようなので、 合唱のベースも成果を出すのは間近だと思う)

今回は比較的順調か?もうこうなると矢でも鉄砲でも飛んでこいだぞ、 という図々しい気分にさえなってしまう。ところがそれは本当に飛んできたのである。 「矢種」はJ.ハイドンのミサブレヴィスの「ベネディクトゥス」だった。

まずは、 「ベネディクトゥス」という物の作曲手法でよくあるパターンをおさらいすると・・・ これはもう、 「高音声楽あるいは高音楽器主体のソロの集合体」と言ってしまって良いのではないか。 バッハのロ短調ミサ(フルートvs.テノール)、 モーツァルトのハ短調大ミサ(ソプラノvs.木管ソロの集合)、 ベートーヴェンのミサソレムニス(独奏ヴァイオリンvs.ソロ四重唱)、 更には、 グローリア日記1999にて採りあげたシューベルトの変ホ長調ミサもソロ4重唱と木管アンサンブルの掛け合いの体を成している。

では、 J.ハイドンの「ミサブレヴィス」の「ベネディクトゥス」は? ソプラノソロ、 そして、これに拮抗する楽器として鍵盤楽器(オルガン)が想定されているのだ。 我々の団体ではオルガンの代わりにチェンバロを代替楽器として用いる。 え?俺じゃんか!?

と驚嘆する「ベネディクトゥス」。 まずはその冒頭部分をご覧いただきましょう。

[J. ハイドンの「ミサブレヴィス」の「ベネディクトゥス」開始 (1) (JH_Benedictus1.gif, 6.33KB)] [J. ハイドンの「ミサブレヴィス」の「ベネディクトゥス」開始 (2) (JH_Benedictus2.gif, 4.29KB)]

とまあ、 こんな具合にソロ鍵盤楽器が実に繊細な旋律を奏でていくのである。 この時代の「合奏+合唱のミサ」というと、 鍵盤楽器は「通奏低音の和音補充」の役割しかなかった。 したがって、この鍵盤楽器の使い方は、 まあ、 バッハの「ブランデンブルク協奏曲第5番」並みに特異な使用法だ。

さらにこの鍵盤ソロは、 以下のように、 ソプラノソロと掛け合いをしつつ展開していく。

[「ベネディクトゥス」でのソプラノソロと鍵盤の掛け合い - (1) (JH_Benedictus3.gif, 4.60KB)] [「ベネディクトゥス」でのソプラノソロと鍵盤の掛け合い - (2) (JH_Benedictus4.gif , 3.15KB)][「ベネディクトゥス」でのソプラノソロと鍵盤の掛け合い - (3) (JH_Benedictus5.gif , 4.30KB)]

この「ベネディクトス」はソプラノと鍵盤の2重協奏曲なのだ。 鍵盤奏者は誰しも緊張を強いられるだろう。

白状しよう、 私、 ここ2年以上、 私はいつも通奏低音を行い、 旋律の担当は常に他の楽器だった。 これは何を意味するのか?右手はいつも和音補充。 右手で旋律を歌わせたことがない。「ここ数年間、 コンサートに出演して、 鍵盤の右手で旋律をまともに弾いたことがほとんど無い」ということなのだ。

果たしてこの日の「ベネディクトゥス」は・・・悲惨な結果に終わった。 とりあえず旋律は止まらずに弾けたものの、完成とはほど遠い。 指揮棒を見る余裕がない。他の楽器を聴く余裕がない。 気が付くと、他の楽器とずれずれにずれまくり、 音楽はずたずたになっていたのである。

練習終了後、 私は非常な危機を感じていた。 私は、 アンサンブル鍵盤については一家言持っているつもりだった。 しかしその実態は「通奏低音」の名に隠れて、 真面目に旋律を歌わせるトレーニングを怠っていたのではあるまいか。 これでは真の「アンサンブル鍵盤弾き」とはとうてい言えまい。 下手をするとソロピアノのイロハからやり直しか・・・。 さらにこの「崩壊」に遭遇した時期が悪かった。 帰省疲れがまだ尾を引いていたのだ。 今日の練習での「崩壊」はそれに拍車をかけた。 結果・・・抑鬱症が再燃したのである。 日常業務ができず、 自宅療養を要する日がこの後数日間続くことになった。 抑鬱傾向になるとますます楽器にさわれなくなり、 悪循環が続く。 救いの道はあるのか・・・?


2001年9月1日 ツキはまだ残っていた

今日は、 実は私が所属している某市の室内弦楽合奏団の本番の日だ。 実はこの室内弦楽合奏団の指揮者は他ならぬグローリアの管弦楽側の重鎮、 K氏であり、 私も縁が深い弦楽合奏団なのだ。

演奏会といっても、 聴衆の多くは普段クラシック音楽と縁の薄い人たちであり、 「音楽教室」的な色彩が強い物である。 演奏する曲も、 有名な小品がほとんど、 という演奏会である。 先日来の我が「抑鬱症」は この演奏会の数日前から辛うじて出社できるほどに何とか快復していたため、 この演奏会にも何とか加わることができた。

実は私はこの日のある演目に、 グローリアの先回の練習の失敗からの復活の為の 「勝負」 をかけていたのである。それは、以下の曲であった。

J.S.バッハ チェンバロ協奏曲第5番ヘ短調第2楽章(BWV1056)より (1) (BWV1056_II_1.gif, 8.69KB)][J.S.バッハ チェンバロ協奏曲第5番ヘ短調第2楽章(BWV1056)より(2) (BWV1056_II_2.gif, 8.30KB)]

J.S.Bach作曲、「チェンバロ協奏曲第5番f-moll(ヘ短調)」の第2楽章。 カンタータにも転用され、 「バッハのアリオーソ」として有名な旋律である。 この曲を本日の演奏会で「キメる」ことができれば、 まだ「協奏曲鍵盤奏者」としての道が再開できるだろう、 と思ったのだ。 先日の合わせ練習以来、 あまり楽器に向かう意欲が沸かない状態は続いていた。 結果として、 事前の練習はほとんどせず、 かなり「ぶっつけ本番」に近い状態で、 本番に臨んだのである。

で、 本番をの結果は・・・ 「完璧」とは言えないまでも、 自ら合格点を与えて良い出来であった、 と感じた。演奏中、指揮棒がよく見えた。 弦の伴奏が絶えず聞き取れた。 その上、 右手の旋律は一個たりとも外さず、 それでいて、 アーティキュレーションの変化、 微妙な「揺らぎ」を与えることができたのである。

正直言って「ほっとした」。 この旋律も、 先日の「ベネディクトゥス」同様、細かい音符で複雑に装飾された旋律である。 「ベネディクトゥス」に有る面で似た性格を持つ本日の 「バッハのアリオーソ」 が無事に演奏できたことは、 「ベネディクトゥス」における先日の無惨な状態を 改善する余地がまだまだ残っていることを意味する。 これが確認できた意義は大きい。 (あまりにほっとして、 次の演目の「パッヘルベルのカノン」の出だしでいきなり和音を間違える、 というおまけが付いたが(笑))。

とにかくこれで、 8月19日から残っていた「鬱の要因」の一つが解消された。 今回の演奏会、小さな演奏会であったが、 得られた物はとても大きかった。 この日の晩はいささか興奮気味で、 なかなか寝付けなかったのである。

それにしても・・・改めて思う。 解釈、楽式、和声学以前に 「楽譜どおりに音を出す」 という行為が如何に難しいことか。 今の私には「自分の弾きやすいように即興する」のはとても楽なのだ。 私はここ数年、楽な方に楽な方に寄りかかっていた、 としか言いようがない。

そんなわけで、鬱の要因は払拭されたが、 今回の経験は私に重い課題を残した。 クラシックに限らず、 いわゆる「楽譜化された音楽」あるいは「曲の題名、あるいは番号の付いた音楽」は すべて「再現芸術」と「即興(あるいは即興的要素)」という、 一見矛盾する行為の両立から成っている。 クラシック音楽界(特に日本のクラシック音楽界)では前者を重視して取る人が多いようだ。 しばしばピアノ教育や音楽大学で、 「指先のテクニックのみが上達し、曲の内容を理解していない」 という「偏り」の問題がよく指摘されるようだが、もし本当にそうなら、 そのことは上記のことと無関係ではないだろう。 だが、私の場合、逆方向に・・・音楽人としては、やはり「偏っている」のではないだろうか。 私はここ数年、後者-音楽理論・即興-に指向しすぎていた。 これは音楽人としてはやはり一種の「偏った」状態なのではないだろうか。 これの善し悪しは別にして、 このことは、 今後の私の音楽生活の中で常に意識しなければならない問題なのだと思う。


2001年11月25日 ううむ、久方ぶりの更新(+_+;)

ほぼ3か月ぶりの更新。長い間ブランクを空けてスミマセンでした。 言い訳させて貰いますと、とにかく9月10月は「期末」にあたり、 仕事がとても忙しかった。それからグローリアの練習もかなりの頻度で 行われてしまうようになったため、 (10月末から2週間おき、 さらに11月に入ってからは毎週1回) 「グローリア日記」を書く余裕が無くなってしまった、というのが本音なのです。

今回はとりあえず、現時点での私の「仕上がり具合」を%(パーセント)で示してみます。

ミサブレヴィスのベネディクトゥスにとびきり低い点が付いているのは、 ソロの仕上がりが未だ完成とはほど遠い領域にあることを示す物だ。 この曲は私に、「ソロ楽器である」 ということ以外に色々な課題を突きつけている。 私の演奏は未だこの曲の要求を満たすレベルまで到達していない。

それ以外の曲は比較的自分では仕上がりが悪くないレベルだ、と思っている。 ただ、M.ハイドンのレクイエムに若干辛い点を付けてみた。

これらの点数付けの詳細を詳しく述べても良いのだが、生憎、 多忙な私には今夜はそこまで行う余裕がない。記すのは次回とさせていただきます。


2001年11月26日 もっと視野を広く!

さて、それでは約束通り、先ほどの自己採点の理由について説明しよう。

まず「ミサブレヴィス(ベネディクトゥス以外)」についてみると、 とにかくこれらはほぼ全曲掌握できた。 今ではパート譜を使って演奏するのが野暮ったくなり、総譜(スコア)を見て演奏している状態だ。 通奏低音鍵盤奏者は、譜めくりの余裕が十分ある場合には、パート譜よりもむしろスコアを見ながら演奏したほうが都合が良いと思う。 他のパートの動き把握しながら演奏できるからである。

「ハイドンのシンフォニー」についても同じ様なことが言える。 私はこの曲に通奏低音鍵盤奏者として加わるに当たり、 最初からスコア(管弦楽総譜)を用いて、 すべてのパートを把握しつつ練習を進めてきた。 結果的にハイドンの交響曲は、 最も遅く練習に着手したにもかかわらず、最も曲が正確に把握できる状態になったのだ。

逆に、パート譜で練習を続けてきた曲の出来は上記の曲に比べると今ひとつだ。 パート譜に頼り続ける限り、他のパートの動きは決して正確に把握できない。 どうしても「独りよがり」になってしまう。

典型的な例が「レクイエム」の終曲"Cum sanctis tuis"である。楽譜をご覧いただこう。

['Cum sanctis tuis' in M.Haydn's Requiem (MH_Cum_sanctis_tuis.gif, 7.15 KB)]

ご覧の通り、この曲はフーガの構造をとっているのだが、通奏低音はひたすら四分音符を刻み続ける。私はこういうパターンのテンポキープがとても下手だ。とにかく「走って」しまうのだ。今後の対策としては、できるだけ目を楽譜や鍵盤から離し、指揮者の合図、曲全体の空気など、周囲に絶えず注意を払わなければならない。

「ミサブレヴィス」の「ベネディクトゥス」の自己採点の低い理由は・・・未だこの期に及んでも自分のパートが暗譜できていないのだ(+_+;)。この曲での私の役目は「独奏」、しかし自分が主役であるというのと、自分勝手に振る舞うとのでは全く意味が違う。特に、以下の部分が問題だ。

['Benedictus' to 'Osanna' in 'Missa brevis' (JH_Benedictus_osanna.gif, 9.35 KB)]

「ベネディクトゥス」の最後の部分。もし、「ベネディクトス」の最後の32分音符がもつれたり乱れたたりしたら、その乱れは次の「オサンナ(Osanna in excelsis)」の速度の乱れにつながってしまう。ここでは私は「『速度切り替え』+『拍子の切り替え』の準備」という、大変重要な任務を負っている。

もはや、パート譜や手元のみを見ていることは許されない。とにかく、自分のパート譜や鍵盤からできるだけ目を離し、周囲の気配を絶えず察しなければならない。「視線を上げて」「視野を広く」・・・現在の自分の課題はこれに尽きる。


2001年12月1日 最後の練習日

いよいよ本番一週間前。この日は午後4時から練習で、しかも、最初で最後の本番と同じステージでの練習だったのだが、 何と私は遅刻した。

練習の遅刻は初めてだ。あー恥ずかしい。午後4時10分に会場に到着したときには、本番でソロを取るプロの歌手の皆さんも含め、既に皆舞台上に揃っていた。曲はレクイエムの第1曲が終わり、第2曲に入るところだった。あわててチェンバロを即席で調律し、第3曲目の途中から練習に合流。

ところがどっこい、遅刻した割には、出来は今までで最も良かったのだ。 周りがよく見える。周りの音がよく聞こえる。信じられないほどだ。 最も難所だった「ミサブレヴィス」の「ベネディクトゥス」は、 2回通し練習をしたのだが、特に1回目は考えられないほどうまく弾けた。(2回目はちょっとミスをしました^^;)。あまりにスムーズに弾けてしまっているので、ひょっとして「走って」居るのではないか?と思ってしまうほどだった。 練習終了後、K先生に、「私、走ってませんでしたか?」と質問したぐらいだ。K先生のご返事は「いや、大丈夫だよ」。

とにかくこの日の私は非常に調子が良かったようだ。 すっかりハイテンションになってしまった私は、K先生とソリストの皆さんに自作の韓国語版Webチラシを配布して変人ぶりを披露し(笑)、有頂天になっていた☆○=(--;)。

これだけ調子が良いと、かえって本番が心配になってくる。懸念材料は、「本番前日が泊まり込みの忘年会」だということなのだ。これから1週間、体調に気を付けなければ・・・(^^;)。


2001年12月8日 本番

本番前日の忘年会、私は非常に体調に気を付け、酒もごく僅かに抑えた。おかげで本番当日の体調はまずまず。チェンバロを調律し、車に積み込んで、 いよいよ会場に出発だ。

演奏会場に到着したのは午後1時半。 既に舞台のセッティングがおおよそ終わっている。自分のチェンバロを舞台上に持ち込む。5分とたたない内にピッチが狂いだした(笑)。何しろチェンバロは温度にとても敏感な楽器なのでこれはどうしようもないのだ。仕方がないので役員の人に無理矢理お願いして調律に15分ほどの時間を頂戴し、意図的に高めのピッチで調律した。舞台の照明を浴びて楽器が暖まり、ピッチが下がるだろうとの計算の上である。(この読みは当たっていた^^。後々の時間の調律がかなり短縮できたのだ)

2時からリハーサル開始。Y.K.さん指揮の交響曲のリハーサルは実に「淡々と」進んだ。 あまりに淡々と進行し過ぎるので、本当に大丈夫だろうか?と心配したぐらいだ。

やがて、うっちいさん指揮による「ミサブレヴィス」。これもまたまた簡単に進捗し、やがて、「ベネディクトゥス」へ・・・。出来は?他のパートとのタイミングもまずまずだ。少なくとも先週より悪い出来ではない。非常に安心した。(^^)

K先生の指揮による「レクイエム」も、ほとんど簡単に1回通した程度だ。「『練習』は既に先週までで終わったのだ」、と改めて感じるうちに、リハーサルは予定よりも約10分早く終了した。これは私にとって非常にラッキーなことで、チェンバロの調律にたっぷり時間をかけることができる(^^)。と、のんびりとチェンバロの調律を開始した。

ところがなぜか、調律しているうちに次第に緊張してきたのだ。調律そのものは完了したのだが、そのときにはもう全身は硬直し、あぶら汗がじっとりとにじむ。次第に落ち着きを失い、あちこちをうろうろする。何気なくポケットに手を入れたら「数珠」が出てきた(^^;)。数か月前の法事で用いた物だ。思わずその数珠を取り出し、

「きーりーえーえーれいーそんまーかーはんーにゃーはーらーみったーしんきょーかんじんざいぼーさんぎょーじんはんーにゃーはーらーみったーじーしょーけんーごーおんかいくーどーいっさいくーやくしゃーりーしーしきふーいーくーくーいーふーしきしきそくぜーくーくーそくぜーしきどーなーのーびすぱーちぇむくぃーとーりすぺーかーたーむんでぃー
(Kyrie eleison 摩訶般若波羅蜜多心経観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色 Dona nobis pacem qui tollis peccata mundi)」

などと訳の分からぬ言葉を唱え(爆)、舞台袖で、ひたすら神経の集中を図る。他の人が見たら「何やってんだあいつは?」と思われたことだろう・・・いや、実際にそう思われていたようだ(笑)。

午後6時半、遂に開演のブザーが鳴った。第1ステージ終了「J.ハイドンのミサブレヴィス」の開始である。ここから後、第1ステージ終了まではなぜかほとんど記憶がない。ただ覚えているのは、妙に「ベネディクトゥス」がツボにはまったことと、変なアドリブを入れたことだけだ。

この、変なアドリブの内容を説明してみる(、とは言っても、今これを書いている私自身、本番中の記憶がかなり吹っ飛んでいるので、以下の楽譜もうろ覚えだ^^;)。

「ベネディクトゥス」と「オサンナ」の接続は、楽譜によれば以下のようになっている。

[Original of 'Benedictus'/ベネディクトゥスの原譜(JH_E_Bened1.gif, 6.22KB)]

ところが私は本番で・・・

[My arbitorary ornament/勝手な装飾(^^;)(JH_E_Bened2.gif, 6.69KB)]

こんな感じで弾いていたようだ(爆)。

ここの箇所は、「拍子とテンポが変化する直前の一瞬」。指揮者にとってもとても大切な瞬間だ。そこへ私の予想外のアドリブが入った。指揮者にとっては大迷惑だったろう。指揮をしていたうっちいさんは、一瞬、相当に焦ったらしい。うっちいさん、スミマセン・・・でもこの「ベネディクトゥス」、ステージが終わったあとにみんな「チェンバロ、出来良かった」「チェンバロ、綺麗だった」って言ってくれました。そういうことでうっちいさん何卒お許しを(苦笑)

第2ステージ「ハイドンの交響曲96番」もとても楽しく弾くことが出来た。これはとにかく指揮者のY.K.さんのコントロール、それに答えた演奏者(私を除く(^^;))の力量以外の何物でもないだろう。リハーサルの時に、木管楽器のタイミングが揃っていなかった部分があったのだが、本番は何と完璧!私はものすごい高水準の人たちと共演しているのだナァ、と、改めて感じた。

第3ステージ。M.ハイドンの「レクイエム」。入場してくるK先生、独唱陣先生の姿がまぶしい。やがて演奏開始。鬱病で実家にこもりながら楽譜を読んでいたときのこと、練習開始後に指摘されたこと、気を付けたこと、そのすべてをチェンバロに託し・・・気が付くと、あっという間にレクイエムの全曲が終了していた。そしてアンコール、バッハのカンタータ「主よ、人の望みの喜びよ」からの有名なコラール・・・。

・・・すべてが終わった。とにかく自分にとってはすばらしい演奏会だった。今までのどの練習よりも本番のほうがうまくできた。終わったあとの充実感がこんなに感じられた演奏会は久しぶりだ。

ここでちょっと「どーしよーもない」(^^;)エピソードを披露しておく。第2ステージと第3ステージの間の15分の休憩中、私はチェンバロの再調律をしていたのだが、ふと客席側を見ると、舞台のすぐ下に見慣れた顔が・・・なんとNiftyのピアノ関連のオフ会でおなじみの、あの、HASSEL氏だったのだ。わざわざ見に来てくれていたとは・・・大感激。ところがそのHASSEL氏曰く、

「なんだぁ?こいつは?」

私答えて曰く、

「何って・・・『調律中』の標識看板だが・・・」

・・・というわけで、HASSEL氏が呆れた「『調律中』の標識看板」をここに披露しておこう。

[(Now_tuning.gif, 5.13KB)]

ご覧の通り、「日」「韓」「英」「独」4か国語のスグレモノだっ!(爆)

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