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"Gloria" Diary/グローリア日記 2002(2)

2002年末、11月30日に、宇都宮市内、 「栃木県総合文化センター」で 「グローリアアンサンブル&クワイアー Vol.10」 という演奏会が催されます。こちらに演奏会案内を掲載しています。 私は毎回この演奏会にチェンバロなどの通奏低音奏者として参加しているのですが…今回採りあげる曲は、かの有名なJ.S.バッハの「ロ短調ミサ(Messe in h-moll)」でありますっ! はっきり申し上げて、非常に手強い相手でありますっ! しかも、バッハの曲ですから通奏低音は非常に重要、すなわち、私にとっても恐るべき相手なのですっ!! 果たして、無事に演奏会本番を迎えられるのか?以下をご覧ください・・・

ご注意:
1.テキスト量が膨大になってきたので、以下のように分割しました。


2002年7月14日 第2回合わせ練習

蒸し暑い日々の連続するなか、本日は第2回の合唱合奏合同練習の日である。 出発前に「チェンバロの調律してから出発しようか?」などと考えたが、 屋外がこれだけ蒸し暑いと、冷房の効いた練習室に入った瞬間にチェンバロのピッチが ズタズタに狂ってしまう。出発前の調律は無意味だ。調律は練習会場に到着してから行うことにした。

練習開始1時間前に会場に到着。調律を開始。 やはりピッチが狂いまくっている。 80セントぐらい狂ってしまっている部分もある。 ほとんど半音のずれだ(+_+;)。 必死にチューニングを行う。完了したのは練習開始10分前頃であった。

本日の練習では、M.S.さんがオルガン役として参加。 先日の打ち合わせ通り、 私はところどころチェンバロの音を出すのを停止した。 古様式の曲には、やはり、 オルガンの音のほうが似合う。

更に、 今回の練習で「思いもよらず出来が良かった」と感じたのは、 "Quoniam tu solos sanctus(なぜなら、あなたのみが聖)"だ。 ミサ全曲中の中で、 この曲「だけ」、 ホルン(ピリオド樂器の「コルノ・ダ・カッチャ(Corno da caccia:狩猟ホルン)」に対応する) を使用する。 ホルン奏者にとっては全曲中唯一の出演箇所、かつ、聽かせどころだ。

['Quoniam' from the 1st bar to the 8th bar(Quoniam_1.gif, 9.45 KB) ['Quoniam' From the 9th bar to 15th bar (Quoniam_2.gif, 7.79 KB)]

今回のホルン奏者担当のS.U.さん、 気合いの入った音を出してくださる。 「うおお、S.U.さん、カッコ良すぎますよ!おおし、こちらも気を引き締めるか!」と、 我が通奏低音(Continuo)も気合いが入り、 心地よい緊張感に満ちた世界が誕生する。 ホントに アンサンブルの面白み、満喫させていただきました(^-^)>S.U.さん。

それにしても、ラストの華やかな"Cum Sacto Spiritu(父なる神の栄光のうちに)"の直前に、この様な、 「低音域の緊張感に満ち満ちた曲」を置くとは・・・ さすがバッハ。 見事なテクニックだ。

私の通奏低音(Continuo)の譜読みは前回よりはかなり進んだ。 ただし、 主に中間楽想("A-B-A"の 複合三部形式における"B"の部分)が 今一歩、不十分であることが分かってきた。 大体、、 複合三部形式の中間樂想は概して転調が多く和声も複雑で、 なかなか覚えにくいのだ(言い訳^^;)

また、"Kyrie"の2曲目、 "Christe eleison(キリストよ憐れみ給え)"の出来もいま一歩だ。 ただしこれにはちょっと同情の余地があるかも。 "Christe eleison"は、 ソプラノ(Soprano)2重唱がコンチェルティーノ(ソロ樂器群)として振る舞い、 ヴァイオリン全員がユニゾンでリトルネロを担当するのだが、 このヴァイオリンのアーティキュレーション(スラー、ノンレガート、スタッカート等の配置)が、 下の楽譜の通り、かなり複雑なのだ。

['Christe_eleison' from the 1st bar to 7th bar (Christe_eleison_1.gif, 9.59KB)] ['Christe_eleison' from the 8th bar to 13th bar (Christe_eleison_2.gif, 13.0KB)]

アーティキュレーションはボウイング(弓使い)に直結する。 恐らくこのボウイングがヴァイオリン奏者全員に徹底されていなかったのだろう。

更に通奏低音(Continuo)の「数字」の複雑さを見よ。 数字の複雑さは、この曲が頻繁に和音や調性が変化していることを意味している。 さらにこの樂譜を見て気がつくことは、 開始後第10小節、歌が入ってくる部分で、 通奏低音(Continuo)が曲冒頭のヴァイオリンの音型を引用していることだ。 この曲の中で、通奏低音(Continuo)の動きも重要視されていることがわかる。

長大なフーガ形式からなる「第1キリエ」のあとに、なんと軽い曲だろう、と思っていた人もいるかもしれない。しかしこの曲は、ヴァイオリンのアーティキュレーション、ボウイング、 通奏低音(Continuo)の表現法等、そして樂想のうえからみても、かなりやっかいな曲だ。 長大な「第1キリエ」の直後の曲だけに、気が緩みがち。要注意の曲でもある。

本日の練習は、その他、"Credo / Symbolum Nicenum (クレド / ニケーア信経)"のなかの"Confiteor unum baptisma(一つである洗礼への信仰を告白する)", "Et expecto resurrectionem mortuorum(そして待ち望む。死者の復活を)"更には"Sanctus(サンクトゥス:聖なるかな)"の譜読みまで進捗した。 これらについては、とりあえず譜読みが終わった、というところか。内容へのつっこみはまだこれからである。

それ以外にも、弦樂器担当の人が合唱練習に加わったり、 低弦の内部で、自主的なアーティキュレーションの統一(これがなかなか妥当なつけかたなの^^) への動き等があったりと、 そろそろ「全体が自主的に発進する」という雰囲気になってきたようだ(^^)


2002年7月27日 ヤーコプス(Jacobs)版を聴く

私が今まで持っていた音源はガーディナー(John Eliot Gardiner)指揮のCDのみである。

ところが先日、あるCD店にて「ヤーコプス(René(Rene) Jacobs)指揮」のロ短調ミサのCDを購入した。 「ヤーコプス」の名前は礒山教授(I教授)の講義の際にも紹介されていたのを思い出し、 ふとCDカバーの説明を見ると、 なんとその礒山教授(I教授)自身による解説文が載っているではないか! 「これは、買いだ!」と思ったのだ。購入後、早速封を開けて鑑賞開始。

音はガーディナーよりもかなり柔らかく、 和音を演奏している樂器の響きは、 一瞬「ロマン派」のそれを連想させる。 しかし決して「曇った」響きではない。 むしろ、ガーディナー版よりも各声部を 非常に明瞭に聞き取ることができる。 これには驚いた。 例えば、フーガ構成の曲では、フーガ主題だけではなく、 対位を演奏しているパートも非常に丁寧に扱われている。 合唱はベルリンRIAS室内合唱団だそうだが、 各人各人の音色がぴたりとそろっており、 しばしば独唱か合唱かの判別が曖昧になってしまうほどだ。 恐らく「合唱/合奏の音色統一」は、 「ロ短調ミサ」を演奏するときにはとても重要な課題なのだろう。

私が一番驚いたのは、クレド/ニケーア信経(Symbolum Nicenum)の第1曲目、"Credo in unum Deum.(私たちは一つの神を信じる)"の演奏だった。 その曲の樂譜は以下のように始まる。

[Credo in unum Deum bar.1-6 (Credo_Credo1.gif, 6.47KB)] [Credo in unum Deum bar.7-12 (Credo_Credo2.gif, 7.33KB)] [Credo in unum Deum bar.13-18 (Credo_Credo3.gif, 8.04KB)]

ここで最初にテノールに現れ、各声部に模倣される旋律はグレコリオ聖歌の「Credo」の冒頭部分の借用だそうだ。

さて、この曲、私が昔から持っていたガーディナーの演奏ではいかにも堅固に発声され、 通奏低音(Continuo)の刻む4分音符の音階的な動きも、 規則正しい杭打ちの様にマルカートで演奏されている。

ところがヤーコプスの演奏は違った。 5声合唱とヴァイオリン2部があたかもパレストリーナの曲のように柔らかく演奏され、 通奏低音(Continuo)は、まるでその「パレストリーナ的世界」をに埋没するかのように、 非常に柔らかいスタッカートで演奏されているのだ。

「こういう解釈も有りか!」と最初はびっくりした。しかし、 よく考えるとこの"Credo in unum Deum."は、「古様式」 で書かれた曲。「パレストリーナ的世界を作る」のは非常に納得のいく考えだ。

とにかくこのヤーコプス版、今まで私が思いつかなかったアプローチがあり、 なかなか興味深い。しばらくこちらも聴きこんでみようとおもう。


2002年7月30日 "Et in terra pax"フーガ主題について
-ガーディナーとヤーコプスの違い-

さて、ガーディナー版とヤーコプス版の両方を聴いていて、 1つの疑問点が浮かび上がってきた。疑問が湧いてきたのは、 "Gloria(栄光の賛歌)"の"Et in terra pax hominibus(地には善意の人に平和あれ)"である。 この部分はフーガの構成をとっているのだが、ガーディナー版とヤーコプス版とで、フーガ主題の、"hominibus"の部分のリズムが違っているのだ。

[The theme of the fugue on 'Et in etrra pax hominibus'(Et_in_terra_pax_fuge_theme.gif, 4.95KB)]

ごらんの通り、ガーディナーの演奏では付点リズムが付いているが、ヤーコプスの演奏では付点リズムは付いていない。 (ちなみに私の持っている音楽之友社のポケットスコアは、ガーディナーの演奏と同じである。)

今回はこれのどちらが正しいのか? 自らの「二束三文通奏低音奏法」+「イカサマ作曲(=錯曲)法」の 知識を總動員して吟味してみようと思う。 無茶な試みだ。 こんな問題は既に專門家によって相当に研究されているに違いない。 でもまあ、たまにはこういうことを素人の私が考えてみるのも良いでしょう。(^^;)

まず、フーガ主題が登場する部分の通奏低音(Basso Continuo)の数字を見てみる。

['Et in terra pax' Fugue theme with bass continuo (Et_in_terra_pax_p6.gif,6.84KB)]

上の樂譜のとおり、"hominibus"の最初の2つの音符に対応する通奏低音(Continuo)の数字は、 8分音符と正確に同じ位置に"6 6" の数字が書き込まれている。

['Et in terra pax' melody and the realization of basso continuo (Et_in_terra_pax_p6a.gif, 7.03KB)]

この音程数字を鵜呑みにするならば、 上声部はバスと6度の平進行をしなければならない。従って上声部に付点リズムを付けることができない (もしソプラノに付点リズムが付くとすると、通奏低音(Continuo)の数字は"6 76"となる筈だ)。 よって付点リズムを用いたガーディナーの解釈は間違い!ということになる。 ただしバッハがここまでこだわって厳密に数字を付けたかどうかは不明だ。(^^;)

また、ヤーコプス版を全面的に信用すると、別の問題が出てくる。 以下の樂譜は、第2ソプラノに主題がホ短調で出現する部分である。 ヤーコプス版に従い、 フーガ主題には付点リズムが無いと仮定している。

[Parallel 5th in 'Jacobs version' (Et_in_terra_pax_p5.gif, 9.61KB)]

見ると分かるように、 低音(通奏低音(Continuo)にオクターブ下で補強された合唱バス)と、 第2ソプラノの主題旋律との間で「連続5度」が 発生している。

主題旋律に付点リズムが存在していれば、この「連続5度」は回避される。 「連続五度」と言えば、 和声学の初歩で習う有名な「禁則」だ。 ただしバッハは、 シンフォニア「3声インヴェンション」の第13番(a-moll,イ短調)で 第20小節等、連続5度を度々使用しており、 連続5度に関しては若干寛容的なところがあったようだ。 果たして今回のロ短調ミサのケースの場合も、 この「連続5度」を見逃して良いものか、 それは分からない・・・というわけで、 ヤーコプスの解釈にも全面贊成!という訳にはいかない・・・。

要するに結局のところ、

「降参!『吹けば飛ぶような一介の下っ端二束三文通奏低音的いたずら彈き』 である『ど素人』の私には、どちらが正しい解釈なのか分かりません」

というわけで、 どなたか専門家のかた、ご教授下さい。チャンチャン!(^^;)


2002年8月4日(1) 第3回合わせ練習
-「予習成功」編(^-^)v-

暑い日々が続く。本日の「合わせ練習」は午後6時から開始の予定だが、 チェンバロを会場の空気になじませるために、 午後5時に早々と練習会場に到着した。 そして、練習会場隣のファミリーレストランで軽い夕食。 とそこへ何故か総合指揮者の「K先生」が登場。びっくりしたが、 私と向かい合って座り、一緒に軽い夕食。 食事をしながら、 ガーディナーの演奏とヤーコプスの演奏についてしばし談義した後、 このウェブページを印刷したものをK先生に差し上げた。 K先生曰(のたまは)く、

「どうもありがとう、また続きを楽しみにしているよ」

ううむ、ちょっとページ更新への「プレッシャー」みたいなものを感じました(笑)。

本日の練習は何と、開始の"Kyrie(憐憫贊歌)"から"Gloria(栄光贊歌)","Symbolumu Nicenum(ニケーア信經)","Sanctus(聖なる哉)" を、ほぼ「ぶっ通し」で行う、 という物だった。 途中にちょっと休憩が入ったが、 少々ハードな練習(^^;。

さて、 今回は、 練習の中で「『予習』が的中し、K先生の指示に先んじて気がついていた部分(^_^)V」、 そして一方で、「練習不足+譜読み不足のドツボ状態。未だにどう演奏したらよいか分からない部分(+_+;)」 を述べようと思う。

まずは前者。「K先生の指示に先んじて気がついていた部分」 あるいは 「K先生と同じ解釈を自分で見つけていた部分(^_^)Vイェイ!」から・・・ちょっと「自慢」させてもらいます(笑)。

曲は"Gratias agimus tibi propter magnam gloriam tuam(貴方の栄光が偉大な故、我々は貴方に感謝を捧げる)"。 この曲は、以下のように始まる。一種の「二重フーガ」だ。

[The 1st - 3rd bar of 'Gratias' (Gratias_1to3.gif, 9.65KB)] [The 4th to 6th bar of 'Gratias' (Gratias_4to6.gif, 10.0KB)] [The 7th to 8th bar of 'Gtatias' (Gratias_7to8.gif, 9.50KB)]

この日の練習でのK先生の1つめの指示は

「この曲、最後、27小節付近から徐々に盛り上がり、 33小節あたりで一息ついた後、 35小節から最後のクライマックスへ入っていく。 だから、曲の出だしは静かに始めて、 クライマックスへの余力を残しておかなければいけない」

というものだった。

この指示はとても自然に思える。私の持っているガーディナー版、ヤーコプス版の音盤もこうした解釈をしている。

実は、この指示を示唆する内容を樂譜で読みとることができる。樂譜を見ると、27小節から「フーガの第1主題」が、 バス→テノール→アルト→ソプラノの順に投入されて、盛り上がりを見せてく様子がわかる。 更にこの「フーガの第1主題の投入」は、声楽の領域を飛び出し、2本のトランペットによる高音吹奏まで達する。

トランペットが主題を投入する「第31小節」からの樂譜は、以下のようである。

[The 31st and 32nd bars of 'Gratias' (Gratias_31to32.gif, 8.20KB)] [The 33rd to 34th bars of 'Gratias' (Gratias_33to34.gif, 6.97KB)] [The 35th and 36th bars of 'Gratias' (Gratias_35to36.gif, 7.89KB)] [The 37th and 38th bars of 'Gratias' (Gratias_37to38.gif, 7.98KB)]

この「31小節から38小節まで」の樂譜を注意深く見て欲しい。

等、K先生が指示された内容が、楽譜上で示唆されていることがわかる。

さらに注目すべきは35小節から導入されるティンパニの動向だ。

[Bass and Timpani from 35th bar to 38th bar(Gratias_35to38_Timpani1.gif, 3.11KB)]

「ロ短調ミサ」では、ティンパニはD(ニ音)とA(イ音)に調律され、 この2つの音しか出せない。 しかし、 この部分でのティンパニは合唱バスの演奏する主題旋律の輪郭をなぞろうとしている。 ここのティンパニは単なる「太鼓」ではない。 敢えて言えば、 合唱のバスと「ユニゾン」で動く「旋律樂器」の役割も果たしている。 従ってここのバス主題の登場する箇所(35小節以降)は、 直前部分(33小節後半~34小節)の「幾分軽い」雰囲気とはうって変わって「重厚」な雰囲気で演奏されることになる。 逆に考えると、 曲冒頭のバス主題は、 後半の盛り上がりが可能な余力を残しておかなければならない。

以上が「K先生と同じ解釈を自分で見つけていた部分」その1。

さて、K先生からは別な指示が発せられた。

「"Crucifixus"と"Et resurrexit"の間はattacaで(間をおかずに)演奏する」

というものだ。これも總譜から読みとることが可能だ。

まず、歌詞を見る。"Crucifixus"全体は以下のような歌詞である。

Crucifixus etiam pro nobis sub Pointio Pilato, passus et spultus est. / 更に、我々のために、ポンテオ・ピラトのもとで、十字架に磔にされ、苦しみを受け、埋葬された。

一方、"Et resurrexit"は以下の歌詞で始まる。

Et resurrexit tertia die, secundum Scripturas / 聖書の述べるところにより、3日後に復活し

ごらんの通り、両者の歌詞の内容は「死」「復活」と対照的だ。一方でここの部分の歌詞は、 「十字架に付けられ・・・埋葬された」 「3日後に復活した」という 「経時」的な出来事を描写している。 從って、 時間の流れの中で両者を緊密に結びつける必要もある。

というわけで、K先生が出された指示の根拠は歌詞の分析だけで完了してしまう事になるが、 それじゃ面白くないから、樂譜上で、 上記の「対照性」「緊密な結びつき」がどう実現されているかを見ることにする。

まず、"Crucifixus(十字架に磔(はりつけ)にされ)"の冒頭を示す。

[The beginning of "Crucifiuxs" Crucifixus_start.gif、8.34KB]

悲嘆の表現にバッハは当時の「おなじみ」の「符号」を用いた。すなわち、低音部の下降する半音階、これは「ラメント・バス(Lament Bass)」と呼ばれ、 当時、 「悲嘆の表情」を表すときに頻繁に用いられて居た音型である。 「ラメント・バス」が 13回(=キリストの受難と深い関係のある数字!)繰り返される一方で、 混声4部合唱がいろいろな動きを展開していく、 これがこの曲の特徴だ。

さて、今ここで問題にしているのは"Crucifixus(十字架に磔にされ)"と "Et resurrexit(復活し)"の対照性、および、緊密な結びつきである。以下、その楽譜を示す。

[The end of 'Crucifixus' (Crucifixus_end.gif, 12.3KB)] [The beginning of 'Et resurexit' (Et_resur_start.gif, 11.9KB)]

この樂譜を見て気が付くことは、"Crucifixus"の曲自体は事実上第49小節の頭で完了していることである。 48小節にはラメントバスに"A"の音が現れ(赤い音符で示した)これによって、...-S(下屬和音)-D(屬和音)-T(主和音)の カデンツ(終止形)進行が生成されている。曲としてはここで終わらせることもできただろう。

しかしバッハはその上を行く。48小節以降の5小節では通奏低音(Continuo)以外の樂器が休みになり、事実上、 ア・カペラで進行する。ここの和音は今までの部分と異なった進行をし、この曲の終わりをG-dur(ト長調)の主和音に持ち込んでいる。 「G-dur(ト長調)の主和音(I和音)」は、 「D-dur(ニ長調)の下屬和音(IV和音)」と同じ和音だ。 結局、"Crucifixus"と"Et resurexit"の間は、「D-dur(ニ長調)の下屬和音(IV)→主和音(I)」という進行をしていることになる。 この巧みな和音操縱技術によって、"Crucifixus"と"Et resurexit"は堅く結びつけられている。

無論、 バッハは両者の間に対照性を付けることも忘れてはいない。 "Crucifixus"に欠けていたトランペット、 オーボエ、ティンパニ、 第1ソプラノが"Et resurexit"で追加される。 これらのパートは、どれも鋭い、或いは輝かしい響きを発するものばかりだ)。 その上「ニ長調」と言う調は、 ヴァイオリン系弦樂器の開放弦と関連が深い。 これによって「輝かしい」響きが追加され、 「復活」の喜悦に満ちた世界が見事に表現される。

というわけで、K先生から出された指示

「"Crucifixus"と"Et resurrexit"の間はattacaで(間をおかずに)演奏する」

は、

「"Crucifixus"と"Et resurexit"の間の対照性、および、 経時的な緊密性を生み出し、 『ロ短調ミサ』を一層高めて表現する為にとても大切なことだ」

ということが分かる。

・・・と、ここまでは「私の『予習』が見事に『モノになった』」(・・・と自分で思いこんでいる(笑))部分。 次はいよいよ「我がドツボの練習不足・譜読み不足編」(笑)いってみます。


2002年8月4日(2) 第3回合わせ練習
-ドツボの「譜読み不足」編(^-^;)-

先程の「自慢話」に対して、これは「要反省」「懺悔モノ」の部分です。 恥ずかしいのでパパパパッと樂譜を示して終わりにしようと思います(笑)。

まずは1箇所。"Laudamus te"(我々は貴方を賛美する)の一部分。

"Laudamus te"(我々は貴方を賛美する)は、 ソプラノソロ+独奏ヴァイオリン+弦樂合奏(通奏低音/Continuo)付き)という、 比較的小さな編成の曲で、以下のように開始される。

[The beginning of 'Laudamus te,' (Laudamus_te_start1.gif, 6.22KB)] [The beginning of 'Laudamus te,' (Laudamus_te_start2.gif, 5.55KB)]

そして問題の箇所は、以下の樂譜。

[Laudamus te bar 40-42 (Laudamus_te_01_difficult.gif, 6.36KB)] [Laudamus te bar 43-45 (Laudamus_te_02_difficult.gif, 5.19KB)]

ここの部分、通奏低音(Continuo)とソプラノソロ以外の樂器は全部休んでいる。 從って、通奏低音奏者は、 音程数字や各種の実施例(音盤や、和音を書き下した譜面)等を頼りにここを演奏していかなければならない。 ところがどういう訳か、 ここ、 細かい転調がやたらと多くて訳の分からん和音進行をしておる(混亂)。 一瞬D-dur(ニ長調)か?と思わせて、 h-moll(ロ短調)をかすめ、A-dur(イ長調)で半終止・・・

・・・と思いきやこれが大嘘のコンコンチキチキで、次の瞬間 cis-moll(嬰ハ短調)に達し、この調で終止するのだ。 私は

「あれ?何だこの和音?」

「ええっ?こんな転調って有り?」

「ぐぇぇぇ、訳がわからんぞぉ~!」

と、右往左往するばかりでありました(逝)。

以上、「ドツボ、譜読み不足」第1箇所目の説明終わり(笑) そして「ドツボ、譜読み不足」第2箇所目は、 "Et resurrexit"(復活)の途中、 以下の部分である。

['Et_resurrexit' the 74th - the 85th measure (Et_resurrexit_difficult.gif, 13.6KB)]

この部分は、 「合唱バス+弦樂器+通奏低音(Continuo)」と言う編成だ。 しかし弦樂器は和音補充の役割しか負っておらず、 事実上、 「合唱バス+通奏低音(Continuo)」の2声部構成である。

特に後半が難題。この曲は3/4拍子の筈なのに、 事実上の4拍子で進行する部分(赤印を付けた部分)がある。 通奏低音奏者は和音をきちんと把握しなければならないが、 この部分ではそれ以前に、 このリズムに惑わされて、 何がなんだかわからなくなってしまう。 ここの部分、 合唱バスにとってはなかなか難しい部分だそうだが、 器樂バス(通奏低音(Continuo))にとっても「難関」だ。 合唱バスの人、一緒に『心中』しましょう!(←馬鹿)


2002年8月25日 第4回合わせ練習
-制限速度遵守&声楽支援(笑)-

相変わらず蒸し暑い中、合わせ練習に参加した。今回の練習では"クレド/ニケーア信經"の "Et incarnatus est"((精霊によって)体を受け)に始まり、一挙に最後の"Dona nobis pacem"(我らに平安を與え給え)まで 通してしまった。今回は文体を変えて、いくつか気が付いた点を箇条書きで記してみる。

1. "Et resurrexit"(復活)で「走る」

"Et resurrexit"は、バロック協奏曲様式の明るい曲だ。(樂譜は2002年8月4日の日記に冒頭を記載した) 器樂奏者にとってこの様式はバッハの種々の協奏曲の「第1楽章(アレグロ楽章)」と酷似している。 私にとっては、「慣れて(馴れて?)いる」パターンだ。そのせいだろうか、「暴走して」しまった。暴走を開始したのは間違いなく私。 これが自分一人のソロだったらまあダメージは最小限なのだが、私はオーケストラの一員である。果たせるかな、私の暴走はやがてチェロに伝播し、低音全体が加速、演奏者、歌い手全員に影響を及ぼしてしまった。 私のような三文通奏低音奏者としては、こういう曲は要注意。制限速度遵守!(笑)だ。

2.「Sanctus(聖也與(聖なるかな))」全体の強弱

"Sanctus"(聖也與/聖なるかな)は、以下のように始まり、三連符リズムが一環して流れている楽章だ。

[The beginning of 'Sanctus' (Sanctus_begin.gif,11.7 KB)]

これの強弱に注意しなければならない。とりわけ、"sanctus"の語は

「'San'は強く'ctus'は弱く」

と発声することが必要だ。

ところが歌い手にはこの「'San'は強く'ctus'は弱く」が簡單ではない場合がある。例えば、

[Sopranos and Altos in the beginning of 'Sanctus' (Sanctus_part.gif, 3.82KB)]

と歌う声樂パートが、この「'San'は強く'ctus'は弱く」をどの程度効果的にできるかは疑問だ。私は、

「ここはひとつ、器樂が『'San'は強く'ctus'は弱く』をサポートすべきだろう」

と考えている。特にチェロバスを含めた通奏低音部は、"Pleni sunt coeli"(48小節以降, 3/8拍子になるところ)の直前、以下の楽譜の黄色で示した部分をのぞいて、

[From the 43rd bar to just before 'Pleni sunt coeli' in 'Sunctus' (Sanctus_43b.gif, 13.7 KB)]

四分音符ばかりで、"san-ctus"をかなり忠実になぞっている。歌詞を把握して、通奏低音(Continuo)が効果的な強弱を付ければ、声樂に対して効果的な影響を与える演奏が可能かも知れない。これは、次回の練習で試してみようと思う。(あ、それから前掲の44小節~47小節の低音三連譜で「走って」しまわないように注意することも必要だ(^^;)。これは私もチェロの経験が少しあるからわかるのだが、「三連符の嵐」が突然出現すると、チェロは「走る」癖があるようなのです(^^;))

3."Pleni sunt coeli"の3/8拍子

2.で「声樂をバックアップする」ような事を述べたが、"Sanctus"の後半、"Pleni sunt coeli et terra gloria ejus"(その人の栄光は天地に満ちる, ("Sancuts"後半、第48小節目以降の3/8拍子のフーガ))もその類だ。まずこの部分の最初の35小節間 - フーガが始まり、全声部に主題が行き渡るまで - を示してみる。

[From the 48th bar to 54nd bar in 'Pleni sunt coeli' (Plenisunt54b.gif, 9.54KB) [From the 55th bar to 61st bar in 'Pleni sunt coeli' (Plenisunt55b.gif, 5.53 KB)] [From the 62nd bar to 68th bar in 'Pleni sunt coeli' (Plenisunt62b.gif, 6.20 KB)] [From the 69th bar to 75nd bar in 'Pleni sunt coeli' (Plenisunt69b.gif, 9.94 KB)] [From the 76th bar to 82nd bar in 'Pleni sunt coeli' (Plenisunt76b.gif, 9.63 KB)]

このフーガを見て気が付くのは、合唱バスが主題を投入する第72小節まで、伴奏楽器は通奏低音(Continuo)のみに限られていると言う点だ。

さて、この曲や、次の"Osanna"あるいは"Gloria in excelsis Deo"には、バッハがしばしば用いた3/8拍子が見られる。これとよく似た「バッハの3/8拍子」は、様々な器楽曲で遭遇する。 以下に示す楽譜はその一部の例。 皆さんがご存じの曲も多いだろう。

[Example of '3/8' meter (8_bun_no_3.gif, 8.21KB)]

大まかに言えば、ある種の「舞曲」 -例えば、corrente(コレンテ)や、passepied(パスピエ)- の調子と言うことができる。私はこれを「声樂」で表現する術は知らないが、「鍵盤樂器」を用いればある程度表現できる。それ以前に"Pleni sunt coeli"のフーガ主題は「声楽的」ではなく「器楽的」だ。このフーガ、および、次の"Osanna in excelsis"に現れる「喜悦」の表情は、声楽のみでは十分な表現は難かしいかもしれない。器樂のサポートが必要だと思う。無論、合唱側には舞曲的な調子を出すような表現を望みたい…が、いずれにしてもこの"Pleni sunt coeli"のフーガは、通奏低音(Continuo)が3/8拍子をどう表現するかで、曲の雰囲気が変わるような気がする。

今回は上記の曲以外に"Ossana","Benedictus","Agnus Dei","Dona nobis pacem"も練習も行われた。これで、「合唱合唱合同」による全曲の譜読みが完了したことになる。いよいよ次回からは曲の内面、表現に的を絞った練習だ。

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