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"Gloria" Diary/グローリア日記 2002(3)

2002年末、11月30日に、宇都宮市内、 「栃木県総合文化センター」で 「グローリアアンサンブル&クワイアー Vol.10」 という演奏会が催されます。こちらに演奏会案内を掲載しています。 私は毎回この演奏会にチェンバロなどの通奏低音奏者として参加しているのですが…今回採りあげる曲は、かの有名なJ.S.バッハの「ロ短調ミサ(Messe in h-moll)」でありますっ! はっきり申し上げて、非常に手強い相手でありますっ! しかも、バッハの曲ですから通奏低音は非常に重要、すなわち、私にとっても恐るべき相手なのですっ!! 果たして、無事に演奏会本番を迎えられるのか?以下をご覧ください・・・

ご注意:
1.テキスト量が膨大になってきたので、以下のように分割しました。


2002年9月15日 第5回合わせ練習

本日は第5回合唱合奏合同練習の日。

9月に入って、蒸し暑さは一段落した。 本日は曇り空ででこそあるものの、非常に過ごしやすい天気・気温だ。 こうなるとチェンバロにも都合が良い。 真夏の間の、あの「気違い沙汰のようなピッチずれ」が無くなり、 調律も行いやすくなる。

予定通り、午後2時から合唱+管弦楽による合わせ練習開始。"Kyrie"から始まり、 途中に休憩を挾みつつ、 最後の"Dona nobis pacem"まで通した。 初めての「全曲通し」だ。 全曲通しつつ、「おかしい箇所」をチェックしていく、と言う練習。

細かいチェックポイントを上げるとそれだけで数百文字消費してしまいそうだが、 おおまかな傾向としては、

「パート間でのテンポ感のずれ」

が顕著だ。

これには無論私も荷担している(馬鹿)。 "Cum sancto Spiritu"の以下の部分で、 がんがん加速してしまったのだ。私はチェロバスと混じった位置で演奏している。 この日はチェロのトップ奏者であるBさんが休みで、チェロは統率を欠いた。 そのため、私の「加速」は、困ったことに、チェロの乱れを通して見事に増幅されてしまったのだ。 休憩時間に、ついに指揮者のK先生からご注意を頂戴するはめに

「チェンバロの音、良く聞こえてるよ。これ、走られるとちょっと・・・」(+_+;)うっ、これはまずいっ!

休憩終了後、練習を再開。これ以降、私は演奏姿勢を改めた。 とにかくテンポキープを第1に考え、 私の好きな「色々なおかず付け」(※を参照)は、 テンポが統一できるまで控える。

こうすると、自然に視界が広くなる。当然、K先生の指揮棒も絶えず視界の中にある。 更に、ふと目をそらして周りを見渡すと、 他の樂器や声楽パートがどんな状況かが一望できる。 ううむ、 こうしてみると、 ソプラノがなんだかもたついているか? それに比べてバスは鍛えられてるなぁ・・・ うおっ! 俺の鍵盤でもたついている音型と同じ音型が、 声楽バスでは完璧に取られられているではないか! ううむ、 これは鍵盤樂器奏者として屈辱的(笑)・・・ などと「邪念」が発生するのを懸命にうち消し、 "Et resurrexit(復活)"などの早いアレグロ樂章でも、 「歓喜の表現」で「走ら」ないように時々ブレーキングをかけつつ演奏していく。 周辺が走りそうになると「ちょっと待て!K先生の指揮はそうじゃないぞ!」と念じつつ 拍を刻む音の和音を分厚くしてアピールしたりしたのだが・・・果たして効果はどれほどか・・・ このように今回の私は、 この「テンポコントロール」を最優先事項にした(…つもり)。

[Cello, Contrabass, and Continuo Keyboard Speed Limit [四分音符]=100/min.]

練習後「疲れたぁ」と息を弾ませている私に対してK先生曰く、

「余裕でうまくやってるじゃない。君の感覚、大体私と同じだと思うんだよね」

「余裕で」とは?色々思い出してみると、どさくさ紛れに装飾音を入れまくっていた様な気が(←馬鹿)。 それはともかく、「君の感覚、大体私と同じだと思う」という言葉は嬉しかった。K先生の感覚に少し接近できたのかもしれない。 (実は無我夢中で良く分からなかったのだが…)

しかしその傍らで、この団体の「總合首謀者」(?)であるSさんは「ソプラノが遅れてて低弦が走ってた」とぼやく。 ソプラノはともかく、低弦については「俺は速度超過には加担していなかった」とは言えないな(+_+;)。

本日の練習にてK先生曰く、

「『大変だったね』ではなく、『感動した』と言われるようなステージにしよう」

練習会場内、大爆笑。しかし…くぅぅ~、難しいよ!奥が深いよ!この曲!

※ 「おかず付け」とは・・・「主旋律を模倣して『インヴェンションごっこ』」とか、「装飾音を入れまくって、『元の旋律が分からなくなるようにする』」とか、はてまたは「細かい技巧的な音符を付けて『弦樂合奏をチェンバロ協奏曲化』する」とか、もう、その他数え切れないほどの意味不明、かつ、変態通奏低音的な裏技です(阿呆)。この印→() をクリックすると読みかけの部分に戻ります。


2002年10月5日 大解剖!"Et resurrexit" - ソナタ形式との関聯-

さて、今回はいままでの「日記」とはいささか趣を変えて、 表題にあるとおり、 「ロ短調ミサ」の中の曲を「ソナタ形式」の見地から見てみようと思う。

ここで一応、「ソナタ形式」について復習しておく。器樂畑の人には「言わずもがな」かも知れません。 一方、「ソナタ形式」をご存じない人はこれを機会に覚えて下さいませ。きっと何かの時に役に立つ…と思う(←ホントか?^^;)。 さて「ソナタ形式」とは、 おおよそ以下のような構造から成る音樂形式のことだ。

  1. 呈示部
    • 第1主題(主調で呈示される)
    • 経過部分
    • 第2主題(屬調(主調の5度上の調)で呈示される。 ただし主調が短調の時には平行長調のことも多い。 古典派後期以降は屬調でも平行調でもない新たな調を用いることも多い)
    • 小結尾
    経過部分・小結尾はごく短いこともある。
  2. 展開部
    提示部で現れた素材音型を発展させる部分。 通常は第1主題、或いは第2主題の素材が用いられるが、 経過部分や小結尾の素材を発展させることもある(モーツァルトに多い)。
  3. 再現部
    • 第1主題(主調で再現される)
    • 経過部分
    • 第2主題(主調で再現される。主調が短調である場合には同主長調を用いることもある)
    • 終止部分(提示部の小結尾と同型のことが多い。ただしベートーヴェン中期以降はこの部分が拡大し、 「終止部」を構成することも多い。 この場合、 ソナタ形式は「呈示部・展開部・再現部・終止部」の4部構成になる)

古典派、ロマン派の「ソナタ」「室内樂」「交響曲」の第1樂章の多くはこの「ソナタ形式」で構成されるのが普通だ。 (ソナタの第1樂章で多用されるため、ソナタ形式という。) 実例として、 本格的な交響曲やソナタの第1樂章をお見せしたいのだが、 そんなことをするとこのページのサイズが膨大になってしまうので、 非常に簡単な例を示す。 クレメンティのソナチネOp.36の第1樂章だ。 ピアノを習ったことがある多くの人にとっては、おなじみの1曲だろう。

[Small Sonata Form (Clementi Sonatina, Bar 1 - 23) (Climenti_Sonatina1.gif, 11.6KB)] [Small Sonata Form (Clementi Sonatina, Bar 24-End) (Climenti_Sonatina1.gif, 9.78KB)]

さて、引き続いて以下の例(ボッケリーニのメヌエット)を示す(ただし中間部は省略)。 これもご存じの人が多い曲だが、先程のクレメンティのソナチネの例と見比べると、 素材の構成法、調変化の手順などが同じであることが分かる。

[Menuett by L. Boccherini (Trio is not quoted.), bar 1-12 (Boccherini_menuett_1.gif, 5.14KB)] [Menuett by L. Boccherini (Trio is not quoted.), bar 1-12 (Boccherini_menuett_2.gif, 5.71KB)]

しかし、このボッケリーニのメヌエットは一般には「ソナタ形式」とは呼ばれない。 私見によれば、古典派時代の典型的なソナタ形式は、以下の特徴を備えている。(無論例外はある)

  1. 「呈示部」「展開部」「再現部」の3部分を備えていること。
  2. 「第1主題」「第2主題」が存在すること。各々の部分は主題としての存在感を備えていること。
  3. 呈示部と再現部は素材上、同一の構成(再現部も第1主題と第2主題を有する)であること。
  4. 呈示部では主調から屬調(主調が短調の場合には平行長調も可)へ転調し第2主題はこの調で登場すること。再現部では主調から主調(短調の場合には同主長調も可)への調経過が成され、第2主題はこの調で再現されること。

ボッケリーニのメヌエットは、「第1主題」「第2主題」に相当する部分の存在感が際だっていないと見なされるため、 「ソナタ形式」と決めつけることはできない。

以上で序論終わり(笑)。それではいよいよ我らが「ロ短調ミサ」とソナタ形式との関連について述べる。

まず最初に、

「J. S. バッハが作った『ソナタ形式』?そんなのあるの?」

と疑念の湧く人がいるかも知れない…そんな人は正常です(笑)。 確かにソナタ形式はJ. S. バッハの存命中ではなく、 J. S. バッハの没後に息子達(C.P. E. バッハ, J. C. バッハ等)が発展、 完成させた形式だ。 J. S. バッハ自身が作曲した中で、 上記の条件を満たす「真のソナタ形式」の曲はごく希である。

しかし、「J. S. バッハの直後の時代以降 『ソナタ形式』が急激に整備・発展させられていった」 ということは、バッハ自身、 「ソナタ形式-すぐ次の時代の形式」 につながる曲を残していないだろうか?と考えても間違いとは言えないだろう。

私はその例 -ソナタ形式の先駆- を「ロ短調ミサ」の中に数曲見いだした。 今回はその中から、"Et resurrexit"(復活)を採り上げ、これをソナタ形式の流れで解析してみる。 これにより、バッハの時代に「ソナタ形式」の成立がどの段階にあったのか、 この「解剖作業」で伺い知ることが出来る。 それだけではなく、 何よりも、"Et resurrexit"の理解の助けになると確信している。

では、お待たせいたしました。これから"Et resurrexit"を「解剖」致します。 まず、ソナタ形式の呈示部(Exposition)に当たる部分。特に「第1主題」に対応する部分の冒頭を示そう。

[Et resurrexit, Bar 1-5 (Et_resur_1b.gif, 12.9KB)]

要するに曲の冒頭(^_^;)です。調は主調、すなわちD-dur(ニ長調)。

黄色で示した音型はこの曲で数え切れないほど登場し、この曲の主要素材になる。 古典派以降のソナタ形式であれば、これを「第1主題」とでも呼びたいところだ。 しかし、この音型は"Et resurrexit"全体に展開され、 古典派以降のソナタ形式における「第2主題」に相当する部分もこの音型によっている。 従って、この音型を「第1主題」と呼ぶことはできない。とりあえず「主要素材音型」とでも呼んでおく(^_^;)

合唱はこの音型に乗って"Et resurrexit, resurrexit"と歓喜の雄叫び(失礼!)をあげた後、 しばらく沈黙し、管弦楽のみの部分が続く。再び合唱が登場するのは、第9小節目からだ。

[Et resurrexit, Bar 9-13 (Et_resur_9b.gif, 8.65 KB)]

バス→アルト→テノール→第2ソプラノの順に「主要素材音型+16分音符の音階」 を模倣しつつ導入するという、特徴的な展開方法だ。 模倣が第1ソプラノまで達し、再び「主要素材音型」が高らかに鳴るときには、 合唱は再び和声的になる。(次の樂譜)

[Et resurrexit, Bar 14-19 (Et_resur_14b.gif, 14.9 KB)]

曲の開始と同様、主調D-dur(ニ長調)の「主要素材音型」に始まっている。ただしソプラノの「主要素材音型」は後半が一段と高くされている。 一方、第16小節でフルート・第1ソプラノ・第2ソプラノ・アルトに16分音符トリルの音型が出現している(黄色で示した部分)。 このトリル音型も重要な音型であり、 この後度々使用される。

曲はこの部分の直後(第20小節)に半終止し、これは直ちに屬調A-dur(イ長調)の主和音に転義され、 以下、A-dur(イ長調)で進行することになる。その意味でこの部分(14小節~19小節)は、 ソナタ形式の「第1主題(主調)」と「第2主題(屬調)」を結ぶ「経過部分」に相当するところだ。

屬調(A-dur,イ長調)に落ち着いた直後の部分を示す。

[Et resurrexit, Bar 20-23 (Et_resur_20b.gif, 11.9KB)]

上の樂譜が、第20小節以降、屬調に完全に転調した部分である。 屬調上でまとまった旋律が演奏されること、ならびに全曲の中にしめる位置などから 古典派ソナタ形式の「第2主題」に相当する部分だ。 しかし用いられている音型素材は、明らかに冒頭の部分と同じ素材。 それ故これを「独立した第2主題」と呼ぶことは出来ない。 この時代にはまだ「ソナタ形式の第2主題」という概念は存在しなかったのだ。 この曲を「真のソナタ形式」と呼ぶことが出来ない最大の理由である。

引き続き、屬調に転調した残りの部分を示す。

[Et resurrexit, Bar 24-28 (Et_resur_24b.gif, 11.2KB)] [Et resurrexit, Bar 29-34 (Et_resur_29b.gif, 12.5KB)]

主旋律は第1ソプラノにあり、これをフルートがなぞる。 オーボエ・ヴァイオリンは協奏的に主旋律に加わっている。後半部分(第28小節以降)では、 第16小節で登場した16分音符トリル音型が、第1ソプラノ・第1フルートに再び現れ、その後一旦A-dur(イ長調)で完全終止する(第34小節)。

(この後(40~50小節)は管弦楽のみの間奏。A-dur(イ長調)で既存の素材が展開されていくが、この部分の説明は省略する)

さて、以上がソナタ形式の「呈示部」に相当する部分だ。 「主調での主要素材呈示」「屬調への転調経過部分」「屬調で安定した部分」の3つが存在している点は、 古典派以降のソナタ形式と同じである。しかし、古典派以降のソナタ形式における「第2主題」に相当する明確な旋律は存在していない。 単一素材を手を変え品を変えつつ展開するところ(単主題性)はいかにもバロック音楽的であり、 かの「インヴェンション」にも通じる作曲技法だ。

続いて、「展開部」に突入する。

[Et resurrexit, Bar 50-56 (Et_resur_50b.gif, 12.6KB)]

展開部の冒頭も、A-dur(イ長調)上の主要素材音型だ。 しかし、歌詞が変わる。 ここまでの部分は、"Et resurrexit tertia die secundum scripturas"(そして聖書の述べるところにより3日後に復活し)であった。 ここからは"Et ascendit in coelum sedet ad dextram Dei Patris."(そして天に昇り父なる神の右に座す)を述べつつ進行する。 歌詞の変化と音楽の区切り(呈示部-展開部の区切り)が一致しているということだ。

音楽を見ると、A-dur(イ長調)で始まっているが、h-moll(ロ短調)に転調していくのが分かる。 こうして、展開部の第2段(56~66小節)はh-moll(ロ短調)で始まる。

[Et resurrexit, Bar 56-60 (Et_resur_56b.gif, 11.6KB)] [Et resurrexit, Bar 61-66 (Et_resur_61b.gif, 11.6KB)]

この部分が、呈示部の第24~34小節に対応しているのがお分かりだろうか。 56~60小節のトランペットの動きは、 24~28小節の第1,2ソプラノソプラノの動きと同じものである。 また、60~64小節に見られる弦楽器の8分音符の分散和音や、 通奏低音(Continuo)の8分音符を刻みつつ上行する半音階も、 28~31小節と同種のものだ。

しかし、転調が多いこと、さらに、 「h-moll(ロ短調)」を転調の主軸にしている点は呈示部と決定的に異なる。 更に、随所で「主要素材的音型」が、対線として用いられている (51~52小節のフルート、54~55小節の弦楽器、61~62小節のオーボエ等。楽譜では青色で示してある)。この手法も呈示部には 見られなかった物で、主要素材の展開がより徹底的に行われていることを示している。

続いて、展開部の第3段(66~74小節)。

[Et resurrexit, Bar 66-69 (Et_resur_66b.gif, 5.04KB)] [Et resurrexit, Bar 70-74 (Et_resur_70b.gif, 6.76KB)]

ここの特徴はロ短調に停留していること、 さらに「主要素材音型」と、それに交替して、「16分音符のトリルを演奏する通奏低音(Continuo)」(黄色で示した部分)だ。 16分音符のトリルはこれまでも頻繁に登場したが、 通奏低音(Continuo)がこれを採り上げるのは初めてだ。これによって「次の段落」が効果的に導入される。

その「次の段落」は、以下の歌詞の部分である。

"Et iterum venturus est cum gloria judicare vivos et mortuis"(彼は栄光のために再び來るだろう、 生きているものと死んだものとを裁くために)

キリストの再臨と「裁き」を述べる、凄みのある歌詞である。ここの部分は以下のような楽譜だ。

[Et resurrexit, Bar 74-77 (Et_resur_74b.gif, 4.22KB)] [Et resurrexit, Bar 78-81 (Et_resur_78.gif, 3.96KB)][Et resurrexit, Bar 82-86 (Et_resur_82b.gif, 4.41KB)]

歌詞の迫力を表現するために、バッハは、短調(「h-moll(ロ短調)」「fis-moll(嬰ヘ短調)」)を 中心に用い、 主役を合唱バスと通奏低音(Continuo)にゆだねている。 2つのバスパート --合唱のバスと器樂のバス(通奏低音/Continuo)-- は、 「主要素材的音型」を基本にしつつ、うねるような複雜な音型を描いていく。 直前の部分(66~74小節)で、通奏低音(Continuo)に16分音符が出現したのは、これへの「予示」だったわけだ。 (なお、ここの部分に私が手こずっていることは8月4日の日記で述べた。実は今もなお手こずっている(爆)。)

こうしてみると、この「展開部」は、内容、規模ともにとても充実している。歌詞との関連も抜かりがない。 インヴェンション等の器樂曲に見られるように、J. S. バッハの主題展開技術はとても高度だ。 "Et resurrxit"の充実した展開部も、バッハの主題展開技術の高度さを示しているように思う。

さて、続いて「再現部」に進もう。再現部の冒頭は、

[Et resurrexit, Bar 86-90 (Et_resur_86b.gif, 12.5KB)]

であり、呈示部冒頭と同一だ。 主調のD-dur(ニ長調)に復帰し、この曲の最初の輝かしい雰囲気が戻ってくる。 ちなみに歌詞は、 "cjus reguni non erit finis" (その統治する国は終わることがない)であり、 以下、合唱はこの曲の最後までこの歌詞を歌い続ける。

それでは、次の部分(第92~96小節)を示す。

[Et resurrexit, Bar 92-96 (Et_resur_92b.gif, 9.08KB)]

これも呈示部の第9~13小節と同じだが、伴奏楽器としてトランペットが追加導入されている。「トランペット」はこの後次第に優位に立っていく。

以下、再現部の音楽はおおよそ呈示部と同じように進行する。 ただし「古典ソナタ形式」と同様に、 後半部は屬調(A-dur,イ長調)ではなく主調(D-dur,二長調)になっている。 転調の必要がないのだ。だから(?)呈示部の第14~20小節の「転調用経過部分」は、 再現部では省略されている。

それでは、残りの部分を具体的な楽譜で見ていこう。第97~111小節(呈示部の第20~34小節に相当)である。

[Et resurrexit, Bar 97-100 (Et_resur_97b.gif, 11.7KB)] [Et resurrexit, Bar 101-105 (Et_resur_101b.gif, 13.3KB)] [Et resurrexit, Bar 106-111 (Et_resur_106b.gif, 15.0KB)]

呈示部で屬調(A-dur, イ長調)だった部分が丸ごと主調(D-dur, ニ長調)で再現されていることが分かる。更に、呈示部と比べてトランペットの活躍(黄色で示した部分)が目立つ。特に、101小節以降ではトランペットが合唱を上回り、 「とどめ」の110~111小節では、シンコペーションの鋭いリズムを用いつつ最高音に達している。 このようなトランペットの活躍が「王者である神の栄光」を象徴していることは容易に想像できるだろう。 再現部が呈示部以上の意味を持つ手法は、 ベートーヴェンの中期以降のソナタや交響曲・室内楽のソナタ形式を連想させる。 (無論、両作曲家の持つ意味合いは異なっているだろう。)

(なお、これ以降、更に管弦楽のみによる「後奏」が付いているが、 本質的には40~50小節の間奏と同じである。詳細は省略する。)

さて、"Et resurrexit"の樂曲構成を改めて示す。

呈示部 展開部 再現部
部分A(主調) 部分B(屬調) A,B部分の素材の展開 部分Aの再現(主調) 部分Bの再現(主調)

一方、古典派以降の典型的なソナタ形式の構成は以下のようである。

呈示部 展開部 再現部
第1主題(主調) 第2主題(屬調) 主題素材の展開 第1主題(主調) 第2主題(主調)

"Et resurrexit"の音樂は、「第1主題」「第2主題」の区別が無い点が、古典派以降のソナタ形式と異なっている(それぞれ、「部分A」「部分B」と便宜的に記述した。)しかし、「全体の構成は古典派以降のソナタ形式と類似している」ということは、納得いただけると思う。

「ロ短調ミサ」の作成はおよそ1730年代と推定されているが、1732年には古典派の重要な作曲家ハイドン(J. Haydn)が生まれている。 この時期は「ソナタ形式」に代表される「古典派音樂」の誕生前夜の時代だったのだ。"Et resurrexit"の「ソナタ形式」にきわめて近い構成は、 この曲が、 音楽史上の「古典派」の誕生直前の曲であることを反映しているのではないだろうか。

このように"Et resurrexit"1曲だけを解析するのにも大量な作業が必要だ。しかし、 このような「解析作業」は、曲の理解に不可欠なものである、 と私は信じている。 なお、「ロ短調ミサ」の中には、 他にも「古典派ソナタ形式」への関連を思わせる曲がある。 機会を見てこうした曲にも触れていきたい…というわけで、我が「大解剖」、今回はこれにて打ち止め。長々とお付き合いくださり、ありがとう御座いました。

「ところで明日は練習日だぞ」
「え゛っ!」
「大解剖も良いけれど、チェンバロの練習は?」
「うっ・・・」

まあ、明日には明日の風が吹くと言うことで…☆\(--;)コラ


2002年10月6日 第6回合わせ練習
-3拍子の表現-

今日の練習は午後1時から。私は練習開始のわずか15分前に会場に到着した。 大慌てでチェンバロを調律する。なんか変な響きが残ってしまったような気がするが…練習中に微調整しよう(^^;。

練習は先回と同じく"Kyrie eleison"から"Dona nobis pacem"まで通しつつ、 問題点をチェックしていくという内容。今回の練習では初めてティンパニが加わり、「リズムセクション」(^^)の一担当者としては心強い限りだ。

ただし練習内容はむしろ前回よりも厳しいものだった。K先生の指示が次第に細かさを増してきた。 具体的には、 「三拍子の曲で頭拍を強調し、後は『抜く』」というようなこと、「 『古様式』のアーチ型の旋律は それにふさわしい強弱変化を付ける」こと、 他にも色々あったが、特にこの2点が強調されていた。 特に前者の「三拍子感」は、 合唱+管弦樂のクリアーな響きを得るために、 常に演奏に頭に置いておくべきものということだ。 合唱は「通常の練習」である程度まで仕上がっているのだろうか、K先生の注意は主に管弦樂に対して向けられた。その内容は、 高音弦楽器のボウイング、 通奏低音(Continuo)の難しいパッセージの反復確認にまで及んだ。 私は、自分のパート譜のあちこちに

K先生の注意をメモしたもの。何故か韓國語(爆)。指定(マウスクリック等)すると、日本語の意味を記した脚注に飛びます。

等の珍妙な(?)書き込みを行う。慌ただしくメモを取るときハングルだと画数が少なくて重宝するのだ。(そういう問題か?)

中でも、協奏曲的に構成された3拍子の曲-"Gloria in excelsis Deo"(於Gloria),"Cum sancto spiritu"(Gloriaの終曲),"Et resurrexit"(「復活」 - 於ニケア信経),"Pleni sunt coeli"("Sanctus後半"),"Osanna" - に際しては、とにかくクリアーな音が必要とのお話。今後の練習もこの方向を目指して進むのだろう。

私は以前、「バッハの3/8拍子」に対して、多少の経験がある、と記した。 そのとき例を挙げた曲も含めて、もう一度、「バッハの3/8拍子の代表曲」を掲げてみる。

[J. S. Bach's 3/8(1) (TripleTime_1_Bach.gif, 14.4 KB)] [J. S. Bach's 3/8(2) (TripleTime_2_Bach.gif, 12.3 KB)]

1曲目、2曲目は恐らく鍵盤弾きにはおなじみの曲、 そして、3曲目以降も「器樂畑の人」、特に「弦楽畑の人」にはおなじみの曲ばかりだ。 無伴奏チェロ組曲からは5番の前奏曲を例に挙げたが、このほか、「無伴奏チェロ組曲」では「ジーグ」 にも共通要素は多い。今回の練習では、"Pleni sunt coeli(Sanctus後半部分)」や、 「Osanna」等で、こうした、 「3/8拍子の曲」を意識しつつ練習に臨んだつもりだった…が、その効果は不十分だったようだ。 上のような曲を思い出しながら演奏したのだが、 必要な「3拍子感」は、 自分の演奏にはまだまだ反映されていないようである。

特に"Pleni sunt coeli"は「3/8の感覚をキープする」と言う点で始末悪く感じた。 フーガ主題にヘミオラ(Hemiola)を含んでいるからだろう(下の樂譜參照)。

[Hemiola in 'Pleni sunt coeli' (Plenisunt_fugue_thema.gif, 3.04 KB)]

こういうときにはこんな練習が効果的かも・・・と、行ってみたのが以下の樂譜・・・

[The way of training in 'Pleni sunt coeli' (Plenisunt_train.gif, 5.79 KB)]

中身は大したことはなく、左手は通奏低音(Continuo)をそのままなぞり、 右手でフーガ主題を付けてみる、と言う練習方法である。しかし、今ひとつ体に染みこんでこない。 やはり練習の工夫が大したことないせいだろうか(爆)

練習終了後、私は早速

「ええと、今年も例によって英語と韓国語の案内を掲載しました。皆様、お知り合いに韓國の方がいらっしゃったら是非宣伝してください」(笑)

そして、総代表のSさんからはこんな趣旨の一言。

「今年は、宇都宮でも老舗(しにせ)の合唱団の本番とバッティングしています。 かなりの数の合唱ファンが向こうに流れることが予想されます。 皆さん、 例年以上にチケット攻勢をどんどんかけてください」

全員緊張する。「宇都宮でも老舗(しにせ)の合唱団」が何を意味するか、 皆よく分かっているのだ。 ところが私は以下のような馬鹿なせりふを一発吐いて、この緊張感をぶち壊す。

「ええと、先程説明した韓国語案内には、 代表Sさんの電話番号まで書いてしまいました。 Sさん、韓國や北朝鮮から問い合わせがあったらよろしくお願いします」

場内大爆笑。Sさん、失礼しました。 でも実は韓国語案内ページには、Sさんの電話番号の隣りに、


("Chilmuneun ilboneo hogeun yeongeoro hae jusigi ptakdorigessuemnida."
- 質問は日本語或いは英語でしてくださるようにお願いいたします)

と書いておきましたので、多分韓國語の問い合わせは無いでしょう。でも万が一問い合わせが来たら・・・よろしくお願いします(←馬鹿)。

※韓國語のメモ書きについて:それぞれ・・・「第1拍は強拍」「第1拍を強調」「第2拍、第3拍は軽くしろ」「1拍強、2~3拍軽」「強、軽、軽」「フレーズの上昇、収束感」と書いてあります(^^;)。この印→() をクリックすると読みかけの部分に戻ります。


2002年10月17日 3拍子の表現-その2-

三拍子感についての続き。合唱低音、器樂低音(通奏低音/Continuo)の双方にとって 「最大の難所」とも言える部分の3拍子について述べてみる。 その「難所」とは、ここだっ!

[From the 60th-bar 'Cum Sancto Spiritu' in Bass and Continuo(CumSancto_60.gif, 3.20KB)]

じつはこれについては既に6月16日の日記で、 「難所」として採り上げた箇所だ。 あれから4か月、未だにこの問題は解消していない(爆)。 そこで今回はこの部分の付近の音楽をちょっと眺めて、 問題点、解決点を探ってみようと思う。

この部分の少し前、第37小節からは、 通奏低音(Continuo)上の5部合唱による「フーガ展開」が始まっている。 以下の樂譜で赤い矢印で示した部分が、「フーガ主題」の投入だ。

['Cum Sancto Spiritu' bar. 37-40, (Cum_Sancto_01_of_fugue.gif, 4.64KB)] ['Cum Sancto Spiritu' bar. 41-44, (Cum_Sancto_02_of_fugue.gif, 5.04KB)]

とまあ、こんな具合に、 テノール→アルトの順に最初のフーガ主題が投入される。 先を見よう。

['Cum Sancto Spiritu' bar. 45-48, (Cum_Sancto_03_of_fugue.gif, 5.06KB)] ['Cum Sancto Spiritu' bar. 49-52, (Cum_Sancto_04_of_fugue.gif, 6.04KB)]

さらに第1ソプラノに主題が投入される。 注意したいのは通奏低音(Continuo)のリズム。 フーガ展開が始まってから、 ['Quarter Notes' + 'eighth rest' + 'three eighth notes' (Rythm_001.gif, 442Bytes)] という特徴的なリズムが多く出現していることだ。

さらに先を見る。

['Cum Sancto Spiritu' bar. 53-56, (Cum_Sancto_05_of_fugue.gif, 7.47KB)] ['Cum Sancto Spiritu' bar. 57-60, (Cum_Sancto_06_of_fugue.gif, 7.77KB)]

第55小節で、 合唱バスに主題が投入される。 このとき通奏低音(Continuo)は、 先程の「特徴的なリズム」を保ったまま、 合唱バスのフーガ主題とほぼ8度で進行する。 主題を演奏し終わった後、両方の低音は、「例の問題箇所」へ突入していく…

['Cum Sancto Spiritu' bar. 61-64, (Cum_Sancto_07_of_fugue.gif, 7.26KB)]

以上がざっと見たアウトラインだ。

先程記した特徴的なリズム['Quarter Notes' + 'eighth rest' + 'three eighth notes' (Rythm_001.gif, 442Bytes)] に出会うたびに、私はいつも以下の曲を思い出してしまう。

[BWV1043, Concerto for Two Violins, Finale, Bar 1- 5(Two_Vn_concerto_01.gif, 6.24 KB)] [BWV1043, Concerto for Two Violins, Finale, Bar 6- 9(Two_Vn_concerto_02.gif, 6.34 KB)]

ご存じ、「2つのヴァイオリンのための協奏曲」から第3樂章。 バッハの超有名曲だ。 この曲の中で、同じ様なリズムが出現するところがある。

[BWV1043, Concerto for Two Violins, Finale, Bar 1- 5(Two_Vn_concerto_03.gif, 6.34 KB)] [BWV1043, Concerto for Two Violins, Finale, Bar 6- 9(Two_Vn_concerto_04.gif, 6.34 KB)] [BWV1043, Concerto for Two Violins, Finale, Bar 10- 9(Two_Vn_concerto_04.gif, 6.34 KB)]

ヴァイオリンがソロになった部分(第21小節以降)、 の通奏低音(Continuo)のリズムは先程の"Cum Sacto Spiritu"のリズムにとても近い。

私はどういうわけか、このリズムに出会うとある種の「興奮感」「駆動感」を感じてしまう。 特に16分音符と組み合わされた場合、 その印象はとても高い。

今回の"Cum Sancto Spiritu"はまさに「特徴的なリズム」+「16分音符」。 しかも第54小節からは「フーガ主題の輪郭をなぞる」というおまけ付きだ。 「フーガ主題」といえば、そこの部分では一種の「主役」扱い。 気合いが入らないはずがない…かくして、私が「イノシシ(猪)」になる要素はここに出そろった(笑)。 あとは暴走するのみ、そして第60小節以降の16分音符で「急な操作」が間に合わずに激突自爆(苦笑)。

こうした「事故」を避けるためには、頭の中には最小単位(16分音符)を正しく刻み、変な興奮感がリズムに影響するのを抑える事、 フーガ主題に入っても変に気負わない事…ううむ、どれもアンサンブルの基本じゃん。 私、実は、アンサンブルの基本が全く出来ていないのではなかろうか?



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