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さて、お送りしてきたインヴェンション第1番大解剖、 遂に残すところあと8小節となってしまいました。 あっと云う間にお別れの時間が・・・(笑)。 今回はこの、「最後に残った8小節」を、 今までのように徹底解剖してみることに致します。
先に「第2部が第1部をもとにして作られており、 しかし両者の性格はずいぶん異なった物になっている」 というお話をしました。 これから大解剖する第3部(15小節~最後)は 第2部(7~14小節)ほどは明瞭な対応ではありませんが、 やはり第1部をもとにして作られています。
第1部分(15~18小節) 第1部の第1部分(1~2小節)に対応 第2部分(19~20小節) 第1部の第2部分(3~4小節)に対応 第3部分(21~最後) 第1部の第3部分(5~6小節)に対応
第1部(1~7小節)
と第2部(8~14小節)の対応と異なり、
今回の「対応」は
「左手と右手をひっくり返した」
という簡単な物ではありません。
従ってここでは
「第3部が、
どのように第1部をもとにして作られているか」
「第1部、第2部と違った第3部の特徴は何か」
という2点を探っていきたいと思います。
まず、 「第1部分」です。これは以下のようになっています。
一見、曲の出だしと異なるようです。 でも、 「片方で主要音形(A)(或いはその反行形))を示し、 もう片方でそれを模倣する」 という手法は第1部の第1部分と共通です。 対応をわかりやすく見るために、 第1小節の形を対比して示しておきました。 「第1部の第1部分では 主要音形(A)の対位が8分音符だったのが、 2分音符に置き換わっているのだ」 ということもできます。 (第2部の第1部分、 とくに第10小節を見ると、 第15小節との対応関係はより明瞭になります)
ただし、 その雰囲気は第1部や第2部の対応部分とはかなり異なっています。 長さは第2部の対応部分 (7~10小節)と同じ4小節間です。 しかし、 第2部の第1部分が 絶え間ない上昇の機運を持っていたのに対して、 こちらはどうでしょう。 2分音符に注目すると分かるように、 ここでの4小節かけての音の動きは 「わずかに2~3度下がっている」 だけです。 ほとんど「動いてない」んですね。 また、 「2分音符」という長い音符も、 この部分だけで登場する素材です。 これらの2つによって、 この部分はいわば、 「静止点」 という雰囲気を持っているんですね。 直前の部分が16分音符を主体としていた動きであっただけに、 この平静な雰囲気への転換は印象的です。 この4小節によって、 第2部(展開部)で盛り上がってきた激しい動き、 展開的な雰囲気は止められ、 曲が新たな段階に入ったことが完璧に印象づけられるわけです。
調の上から見ると、 第2部の終わりのa-moll(イ長調)から、 下属調であるF-dur(ヘ長調)へ転調しています。 この、 「曲の後半で下属調へ転調する傾向」 というのも、時々お目にかかる手法です。 (フーガでは曲の後半で下属調の主題が出現することがよくあります。)
次に、第2部分を示します。
これが、 第3部の第2部分です。 第1部の第2部分(3~4小節)に対応していることは、
楽譜の上からも直ちに知られると思います。
ただし第1部の第2部分では 「右手が(A)の反行形(inversion)
左手は(A)の前半の拡大された(augmented)形」
であったのが、 ここでは 「右手が(A)、 左手が(A)の前半の拡大の反行形」
になっています。 全体が 「第1部の対応部分の反行形」
になっているのです。 このため、 第1部の第2部分(3~4小節)
では、 曲全体が下降していって居たのに対し、
ここでは上昇する傾向を見せることになります。
この部分の性格はどうでしょう?第1部の対応部分が、
「最初の主題呈示を受けて経過句的に進行する」
とでもいうべき雰囲気を見せていたのに対し、
ここの部分では性格は若干違うようです。
直前の部分は、
2分音符が特徴的な静止点でした。
また、この部分は上昇する傾向です。
直前の部分の「静止点」で一旦区切られた曲の流れが、
また、動き出すとでもいうことができます。
この部分の最後の音は、C音と主調C-dur(ハ長調)です。 第1部の該当部分(3~4小節)では、 この部分の終わりの和音は G-dur(ト長調)の属7の和音でした。 この違いにも注意してください。 第1部の該当部ではこの部分はあくまで 「経過句」 だったのですが、 今回の部分の先には曲の終止、 最後のクライマックスが待っていることが、 第2部分の上昇で暗示されるわけです。 ちなみにこのC音、 全曲中で最も高い音です。
ここでちょっと補足しておきます。 今、 「第1部の第2部分(3~4小節)の右手は (A)の反行形であり、 第3部の第2部分の右手は(A)の正常形である」 と説明しました。 じつはこれは反行形であると同時に、 逆行形(retrograde)にもなっているのです。 次の楽譜をご覧ください。なかなか巧妙な仕掛けです。 一見単純に見える音形(A)ですが 実はこういう技巧的展開に耐えるパワーを持っているんですね。
さてそれでは、 いよいよ最後の力を振り絞って (別に振り絞ってない?(^^;)) ラスト2小節半の第3部分に行きます。
といいながら示した楽譜は第1部、
第2部、
第3部のそれぞれの「第3部分」です。
それぞれの部分の共通点、
相違点を探るためにあえてスペースを喰いながら3者を掲示しました。
まず、 第3部の第3部分が 第1部や第2部の第3部分に対応した物であることは 何となくおわかりいただけると思います。 具体的な共通点を探すと以下の通り、 素材の面からの対応は明白だと思います。
一方、 第3部の第3部分は、 第1部、 第2部と異なった特徴も持っています。 まず音形(X)の出現場所を見てください。 第3部での音形(X)の出現場所は、 第1部、 第2部と異なります。 第1部、 第2部では、 音形(X)は正真正銘、 それぞれの「第3部分」の最後に位置していますが、 この第3部に限っては「第3部分」の最初に出現しています。 もう一つ、高音線を見てください。 この第3部の第3部分では、 頂点が最初に来ています。 第1部や第2部の該当部分では頂点はむしろ後半に位置していました。 第1部(1~6)、 第2部(7~14) では曲の頂点がそれぞれの区分の最後に来ていたのですが、 この第3部(15~22)についてみると、 頂点は第2部分と第3部分の境目に位置することになります。 その結果、 第1部、 第2部に見られた 「部分の集結のためのクライマックス、 総合」という性格よりも、 「クライマックスのあとの余韻」 「曲の終止へ向かっての流れ」 という性格を持つことになります。 いわゆる 「コーダ(Coda)」 に相当します。
第3部全体の構成を見てみます。
ごらんのとおりです。 「第2部展開部で盛り上がった内容を一旦止めて、 再度主音へ向かって盛り上がる」、 第1部に基づきつつも 曲の終止に相応しい内容になっているのが おわかりかと思います。
以上のようにして、 この短い曲を細かく解剖しまくりました。 ここであらためて全曲の構造を振り返ってみると、
という具合になります。 3つの部分が全て基本的に同じ構造を持ちつつ、 各部分それぞれが固有の性格を持っている、 これが特徴です。 シンプルな音形から 実に多様な世界が繰り広げられる秘密の一つは ここにあったんですね。 実に緻密な構成法だと思います。
この曲は、音が少ないだけに、 作曲者の意図、 曲の構成を実に明瞭にくみ取ることができます。 インベンションの他の曲も大体そうです。 まさに、 「作曲の生きた教材」ということができるでしょう。 さらに本文中でも時々触れましたが、 「フーガ」や「ソナタ形式」に通じる、 西洋音楽の基本的な構成の原理がこの小さな曲にも現れている、 という点は、 忘れてはならないと思います。 「バッハの時代にはまだ古典派のソナタ形式は誕生していなかった」 と思われた人もいるかもしれませんが、 実はインヴェンション6番(E-dur:ホ長調)や、 平均律クラヴィーアの2巻のいくつかのプレリュード (たとえば5番(D-dur:ニ長調) 12番(f-moll:ヘ短調)) を見ると分かるように、 バッハは優れたソナタ形式の使い手だったんですね。 バッハのそうしたすばらしい構成意識が、 この小さな曲には見事に凝縮されています。
もう一度、 この第1番の楽譜をそれこそ微に入り細に入り眺めてみてください。 見れば見るほど新しい発見があります。 私がこれまで書いてきたことすら、 ほんの一握りの内容でしかない、 実に奥の深い曲だと思います。
※文中の楽譜は "MusicTime Deluxe for Windows 3.1 and 95"((C) 1996 Passport Designs Inc.)にて作成したものを ビットマップ化したものです。