Basso Continuo's Music Page
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さて、 またまたセンセーショナルなタイトルです(^^;)。
「純正律」とは、 和音の響きが最も 美しくなるような 音律のことです。 具体的には、 完全5度 (ド~ソの間の音程) の振動数比が2:3,長3度 (ド~ミの間の音程) の振動数比が4:5となるように 調整された音律です。 純正律で構成された和音は 此の世の物とも思われない、 天上的な響きがします。
という文章を私は 「くたばれ絶対音感」 で書きました。 「純正律とは、この世で最も美しくハモる音律。 無伴奏合唱のときなどはまずこの純正律を目指すべきだ」 というかたも多いと思います。 無論、真に美しいハモリという意味で、 我々はこの「純正律」を絶えず意識すべきだと思います。
ところが、実際に曲を演奏するとなった場合、 純正律に頼って良いのかというと、 一概にそうも言えないのです。 純正律の短所として、 「転調に耐えられない」 などを漠然と知っているかたも居られるかと思います。 確かに「転調を含む曲で純正率に従おうとすると破綻する」 というのは真実です。 しかし、 そればかりではありません。 転調などしなくとも、 純正律は 簡単に 破綻するのです。 これから示す例で 皆様に純正律の 限界を味わっていただきます(^o^)/。 思いのほか簡単に崩れることを知って、 皆さん愕然とすることでしょう(大げさな・・・)
まず、「音程」と「振動数」について、 簡単におさらいしておきます。 2つの音の 「音程」 は それぞれの音の 振動数の 比として 表す事ができます。 例えば、 1オクターブの間隔を持つ2つの音は、 振動数の比が1:2になっています。 だから、 ある音が振動数220Hzで鳴っていた場合、 1オクターブ上の音の振動数は440Hzになります。 また、 1オクターブ下の音の振動数は110Hzになります。
純正律による音程のおさらいをしておきます。 以下の表のとおりです。
完全8度 | ![]() |
振動数比=1:2 |
完全5度 | ![]() |
振動数比=2:3 |
完全4度 | ![]() |
振動数比=3:4 |
長3度 | ![]() |
振動数比=4:5 |
短3度 | ![]() |
振動数比=5:6 |
これらは、 「オクターブの振動数は1:2」 「完全五度の振動数は2:3」 「長三度の振動数は4:5」 ということなどから得ることができます。 これによって作られた 「ドミソ」 の和音は振動数4:5:6となり、 この世のものと思われないほど美しい響きになります。
さて、それでは、以下の楽譜をご覧ください。
何の変哲も無い混声四部合唱の和音の連続です。
ソプラノ、 アルト、テノール、 バスはそれぞれ「c2-c2-d2-h1-c2」 「g1-a1-a1-g1-g1」 「e1-e1-d1-d1-e1」 「c1-a0-f0-g0-c0」 という具合に進行しています(階名はドイツ読み)。 和音は「C - Am - Dm/F - C」という進行です。 最初の和音と最後の和音は同じ音です。
最初の和音のバスのド(c1)の音を振動数1とします。 純正律でハモっていくとして、 それぞれの音の振動数を 割り出していきましょう。
まず、 最初の和音です。 テノールはバスの長三度上だから振動数はバスの5/4倍。 アルトはバスの完全5度上だから振動数はバスの6/4倍、 ソプラノはオクターブ上だから振動数は2倍です。 最初の和音のテノール、 アルト、 ソプラノはそれぞれ1.25,1.5,2という振動数になりますね。
コード | C |
Soprano | 2 |
Alto | 1.5 |
Tenor | 1.25 |
Bass | 1 |
それでは次に2番目の和音の各音の 振動数を求めてみます。
2番目の和音と最初の和音では テノールとソプラノは同じ音です。 アルトはソプラノの短3度下の音、 振動数はソプラノの5/6倍です。 バスはテノールの完全5度下の音ですから、 振動数はテノールの2/3です。 したがって、以下のようになります。
コード | C | Am |
Soprano | 2 | 2 |
Alto | 1.5 | 1.667 |
Tenor | 1.25 | 1.25 |
Bass | 1 | 0.833 |
次、3番目の和音です。 アルトは2番目の和音と同じ音です。 ソプラノはアルトの完全4度上の音ですから、 振動数はアルトの4/3倍。 テノールはアルトの完全5度下の音ですから、 振動数はアルトの2/3倍。 バスはアルトのオクターブ下の音の 短3度下の音ですから、 振動数はアルトの(1/2)×(5/6)=5/12倍です。 したがって、 それぞれの音は以下のようになります。
コード | C | Am | Dm/F |
Soprano | 2 | 2 | 2.222 |
Alto | 1.5 | 1.667 | 1.667 |
Tenor | 1.25 | 1.25 | 1.111 |
Bass | 1 | 0.833 | 0.694 |
4番目の和音では テノールが3番目の和音と同じ音です。 アルト ・ バスはそれぞれ テノールから完全4度上(振動数は4/3倍)、 完全5度下(振動数比は2/3倍)の音です。 ソプラノはアルトの長3度上(振動数比は5/4倍)の音です。 振動数比を計算すると、
コード | C | Am | Dm/F | G |
Soprano | 2 | 2 | 2.222 | 1.851 |
Alto | 1.5 | 1.667 | 1.667 | 1.481 |
Tenor | 1.25 | 1.25 | 1.111 | 1.111 |
Bass | 1 | 0.833 | 0.694 | 0.741 |
ラストです。 前の和音とはアルトが同じ音です。 ソプラノ、 テノール、 バスの振動数を計算すると
コード | C | Am | Dm/F | G | C |
Soprano | 2 | 2 | 2.222 | 1.851 | 1.975 |
Alto | 1.5 | 1.667 | 1.667 | 1.481 | 1.481 |
Tenor | 1.25 | 1.25 | 1.111 | 1.111 | 1.235 |
Bass | 1 | 0.833 | 0.694 | 0.741 | 0.988 |
というわけで、めでたく最初の和音に ・・・ あれ、 戻ってないぞ!? なんだかずいぶん低くなってしまっている。 どのくらい低くなったか計算すると、 半音のおよそ1/5! ええっそんなに!?と思われたかもしれません。 このパターンの和音進行が5回現れると、 曲全体が半音下がってしまうのです。
これ、私の計算間違いでも、 変なごまかしを入れたわけでも何でもない。 これは音の響きの本質的性質から出てくるものなのです。 「純粋なハモリ」 と 「旋律の一貫性」 は両立しないのですね。 ハモリのみを重視した 「純正律」 の持つ弱点が、 実はここにあります。 上で発生したずれは 「シントニック・コンマ」 と呼ばれています。
ここにあげた和音進行は特別なものでも何でもなく、 非常に良く見られる進行です。 旋律の一貫性を保ち、 シントニックコンマが表に出るのを避けるためには どこかで 「妥協」 しなければならない。 ハモりを犠牲にして音の「一貫性」を保つ必要がある、 言いかえるならどこかで 完全な純正律を捨てなければならないのです (とは言っても現代の12等分平均律を使えという意味ではありません)。 合唱の練習ではしばしば 「音が下がっていく」 という事態が起こりますが、 ハモりを完璧に追求していくと、 これと似たようなことが発生するのではないか? と 私は密かに思っています・・・ が、 こじ付けかも ・・・ 実際のところはどうなんでしょう?
(参考文献: 横田誠三「鍵盤調律法 理論と実践」, (横田ハープシコード工房1991))