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2002-03-24 礒山ヘ授の講演速記録: 1.ロ短調ミサは数少ないバッハのラテン語宗教曲 バッハの宗教曲のほとんどが ドイツ語(ルター派プロテスタントにとって「現在的」色彩を持つ) ←→ラテン語は「典礼文」(古来のラテン語テキストに基づく) 2.バッハの「ロ短調ミサ」作曲動機 プロテスタント、ルター派でも祭祝日、イベントの際には ラテン語のミサで「キリエ」「グローリア」が演奏されていた。 今日の主要な説=「バッハがカトリック的な色彩でミサ曲を書いた」 「キリエ・グローリア(1733)」 →(15年経過)→「クレド以降(バッハ死去前年に完成)」 2.1.「キリエ・グローリア」の作曲動機 「ドレスデン・ザクセン選帝侯」が ポーランド国王権入手のためカトリックへ改宗し、宮廷内部のみが カトリックになった ↓ バッハはザクセン選帝侯に自己をアピールするために ミサ(キリエ・グローリア)を作曲。 2.2.「キリエ・グローリア」と「ニケア信経」以降の相違 バッハはルター派から出発したが、ロ短調ミサを書いた頃、 次第に宗派の融和したところに訴えたいという気持ちを強め、 晩年、死期を悟った(かもしれない)バッハが、 ミサの典礼文を全て用いた1つのまとまった作品を書きたいという 作曲動機に駆られた。 ・「ニケア信経」以降の自筆譜の乱暴な筆跡・旧作カンタータの多量な引用。 →「自分には作曲できる時間はあまり残されていない」事を バッハは認識していたかもしれない。 2.曲のトレース 2.1.「ミサ」(Kyrie, Gloria) 冒頭がギリシア語である理由: 新約聖書誕生時はギリシア語であった。その名残。 「キリエ」の3回繰り返し:「三位一体」の象徴を表す。 ミサの作曲動機:宮廷内部のみがカトリックになった (ザクセン選帝侯がポーランド国王の権利入手のためカトリックへ改宗) 冒頭Kyrie eleisonはルター派のドイツミサの旋律の拡大。 従来の楽譜はキリエフーガ開始時の「Largo」のみ。ところが パート譜をも用いて校訂した最新の全集によれば(ヴォルフ)、 冒頭には「Adagio」の指定有り。 当時は「ラルゴはアダジオよりやや速い」。 オルガン的・重厚長大演奏(リヒター) ←→声楽的・ピリオド楽器の演奏(ヤーコプス) 第1キリエフーガ主題: 無伴奏ヴァイオリン・チェロ組曲等に見られる「一声による多声」 「ロ短調」・・・「キリスト」「罪」「憐(あわれみ)」 (「憐」=懺悔し、自分の存在を掛けた悔い改め) の象徴を表現するときに頻出する。 クリステエレイソン「平行3度」 ・・・「愛」の表現。当時の先端音楽的スタイル。 第2キリエ・・・古様式 古様式と新しいスタイルの混用が特徴。 2.2.グローリア 3本のトランペット3/8拍子→突然の転換(100小節) →Et in tera pax(「天」と「地」の対照) 古様式と新様式の転換 「我々を憐れみたまえ(miserere nobis)」 の歌詞に相当するところでロ短調が出てくる "Quoniam to solos sanctus"特殊な楽器編成 →狩りの情景(?)狩り好きの領主に向けた「遊び」 2.3.ニケーア信経 (ニケーア公会議で定められた信仰の条文信教) crucifixusの直前にロ短調の1曲(Et incaunatus est)を挿入した効果 (1)Et incaunatus estにより聖母マリアへの存在への傾斜もある? (新教:受難を重視、旧教:聖母マリアの存在も重視) (2)「crucifixusを曲全体の中心とする」ための効果 →「クレド」全体が、crucifixusを中心にした対称的構成になる このロ短調の1曲(Et incaunatus est)は、J.S.バッハの事実上最後の筆。 Et incaunatus estに見られる「十字架音形」 →キリストの光臨、キリストの受難の併存 crucifixusのオスティナート最終回で無伴奏になる(アカペラ) →マタイ受難曲でイエスの死ぬ瞬間("Eli, Eli, lama asabthani"にて 「後光弦楽器」が無くなる)のと共通手法(C.ヴォルフ) 2.4.サンクトゥス 1722年作曲された物の転用。 象徴としての"3"が非常に目立つ。 →セラフィム(6つの翼を持つ天使)が「聖なるかな」 の言葉を3回呼び交わす(旧約聖書「イザヤ書第6章」)との関連づけ。 本来はSanctus-Osanna,Benedictus-Ossanaの配列であったが、 サンクトゥスの後ろに付いているはずのOsannaが無い。 ・・・バッハは新たにOsanna以降を作曲しなければならなかった。 2.5.Osanna,Benedictus Osannaは「混声8部」(現実的には構成しにくい編成) Osanna以降、バッハの具体的な演奏イメージが弱くなってきている? Sanctus:万軍の神なる主 ↑ 対比 ↓ Benedictus:キリストが祝福されるますように 5.Agnus Dei(紙の子羊(受難の象徴) サンクトゥスで司祭たちがパンと葡萄酒の準備(キリスト光来の象徴) を準備し、Agnus Deiでそれらを分かち合う。 ・グレゴリオ聖歌等では3回唱える 6.Dona nobis pacem(我々に平和(心の平安)を与えたまえ) pacem...paxの格変化形。「心の平安」とともに、 当時の混乱続く宗教界への平和への願いもあったのではないか。 私の質問と、それに対するI教授の回答: Q.crucifixusと、「マタイ」の開始部分が両方とも「ホ短調」 両者には関係があるのだろうか? A.あるかも知れない。特に、ロ短調ミサ曲ではcrucifixus 以外で「ホ短調」の曲が存在しないことを考えると、可能性はある。
(以上)